按法と按腹

推拿の「按法(あんぽう) 」や「圧法(あつほう)」はまっすぐに押さえます。

「指按法」は指による指圧法です。
「掌按法」は手掌による掌圧法です。

鍼灸の手技「十四法」にも按法があります。

『漢書・芸文志』に「黄帝岐伯按摩」という逸失文献が記録され、平安時代の日本にも鍼博士とともに按摩博士がありました。宋代の勅撰『聖済総録』には按摩の按と摩は違うという意味の記述もあります。

江戸時代の按摩は、1783年の内海辰之進『按腹伝』や1827年の太田晋斉の『按腹図解』に代表されるように、按腹が特徴的であるという分析があります。

「江戸時代按摩手技の文献的考察」
『日本医史学会』 第39巻 第1号44-45 1993年

太田晋斉の『按腹図解(1827年)』は、日本漢方の古方派、香川修庵著『一本堂行余医言(1805年)』の候腹の論や賀川玄悦の『産論』を引用しながら癇症と疝気を論じていきます。

『按腹図解』では、調摩といって撫でる手技もしますが、「壓(圧)」という表現が多いです。

第11術の「利水」は「心下停滞の留飲を分利するなり」と「両親指を伏せて不容、承満、梁門、関門、幽門、通谷、陰都、石関を軽々と推壓(圧) すること数次すべし」と書かれています。中国伝統医学の知識がある按摩師なら意味がわかりますが、中国伝統医学の知識がないと『按腹図解』はさっぱり理解できないと思います。

『指圧法』というコトバを最初に使った玉井天碧に施術指導されたこともある 増永静人先生は、指圧の本質は按腹にあるとされていました。

増永静人先生の按腹の動画をみると、掌圧や指圧はまさに按法や圧法であり、持続圧をしっかりとかけます。増永先生ご自身が「持続圧をしっかりとかけないと硬結は消えない」とおっしゃっています。

太田晋斉『按腹図解(1827年)』には小児按腹図解も書かれています。まさに小児推拿の日本版「小児按腹」です。

1889年、清代の張振均著『厘正按摩要术』には「按胸腹」という章があります。

「按胸腹」 『厘正按摩要术』

中国の 『厘正按摩要术』の腹診は、 日本の多紀元堅著『診病奇核(1833)』を多数、引用しています。これは日本の推拿研究者、李強先生も中国の学術雑誌の論文で書かれています。

2010年「厘正按摩要術・按胸腹の学術の淵源は日本腹診であるという試論」
试论日本腹诊是《厘正按摩要术·按胸腹》的学术渊源
李强 『中华中医药杂志』 2010年10期 (1551)

『診病奇核』は幕末に江戸医学館の考証学派のトップ研究者が江戸時代の32人の腹診家の学説を総合して比較研究し、1833年に出版したものです。読むと、診察の際に経絡を診察することが明記されています。また、腹部の経穴を診断点としていることも明記しています。 さらに著作中で「無名氏」と書かれている腹診法が、杉山真伝流の秘伝書『表の巻』であり、「無名氏」が杉山和一の後継者、杉山真伝流の島浦和田一であることが2006年に判明しました!

2006年「『診病奇核 』中の「無名氏」は島浦和田一である」
大浦広勝『日本医史学会』第52巻 第1号152-153

驚くべきことに「診病奇核」は清末の1888年と中華民国20年(1930年)に清朝と中華民国で出版されています。清末・中華民国には中国に腹診はなく、清より浅田宗伯の診療を受けに来た書店「淩雲閣」の経営者、王仁乾が腹診の存在しない中国に腹診を普及させるために出版しました。

「清・中華民国時代に受容された日本の腹診学」
真柳誠,矢数道明(東京・北里研究所附属東洋医学総合研究所)

日本の多紀元堅先生の『診病奇核』では、中脘の反応で胃熱や胃寒を判別していました。

「胃熱者、中脘処按之、任脈行有動悸」
「胃寒者、候中脘無力弱無動気也」

心下では鳩尾から中脘を重視し、「動気当鳩尾、中脘悶々者、不治、相火散乱也」と論じています。 まさに「心下悸」であり、相火の病と心下は関係し、精神病と心下の反応をつないでいました。

さらに任脈の「水分穴」の反応について一章を割いています。心下の鳩尾から臍までの間をものすごく細かく経絡と経穴の反応から分析しているのに驚きます。

1827年 日本の太田晋斉『按腹図解』
1833年 日本の多紀元堅『診病奇核』
1840年 アヘン戦争。
1853年 ペリー来航。
1888年 中国で 『診病奇核』 翻訳出版。
1889年 中国で、張振均『厘正按摩要術』 出版。

小児推拿の『厘正按摩要術』を研究していると日本の腹診書『診病奇核』にたどりつき、『診病奇核』 の中には杉山真伝流も入っているのです。

さらに日本の小児按腹の『按腹図解』を研究すると、古方派の香川修庵の 『一本堂行余医言(1805年)』 が出てきます。

日本と中国の19世紀の按摩はからみあった歴史があります。

按腹には按法という手技の理解が不可欠だと思います。
腸揉みと按腹は意味がかなり違う気がします。

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