秦承祖の秦承祖灸鬼法

魏晋南北朝時代の南朝の宋(劉宋)の443年に太医令、太医博士であった秦承祖は『偃侧杂针灸经』『偃侧人经』『明堂图』などを書きましたが、多くは逸失しています。

宋代、王執中著『針灸資生経』の癫邪では秦承祖の憑依病の治療として親指の灸が紹介されています。

以下、引用。

秦承祖灸狐魅神邪.及癫狂病.医治不瘥者.并两手大指.用软丝绳急缚.灸三壮.艾炷着四处.半在甲上.半在肉上.四处尽烧.一处不烧.其疾不愈.神效。

明代、高武著『鍼灸聚英』巻ニ、玉机微义针灸证治の秦承祖灸鬼法では、秦承祖先生の憑依病に対する鬼哭穴が最初に紹介されています。

以下、引用。

【秦承祖灸鬼法】
鬼哭穴以两手大指相并缚.用艾炷骑缝灸之.令两甲角后肉四处着火.一处不着则不效按丹溪治一妇人久积怒与酒.病痫.目上视.扬手踯足.筋牵喉响流涎.定则昏昧.腹胀痛为肝气所侮而为痛.酒性喜动.出入升降.入内则痛.出外则痫.用竹沥、姜汁、参术膏等药甚多.痫痛间作无度.乘痛时灸大敦、行间、中脘.间以陈皮、芍药、甘草、川芎汤调石膏与竹沥服之.无数.又灸太冲、然谷、巨阙.及大指甲肉.且言鬼怪怒骂巫者.丹溪曰.邪乘虚而入.理或有之.与前药.佐以荆、沥防痰.又灸鬼哭穴.余证调理而安.

明代、陳会が1425年に書いた『神応経』心邪癫狂部では、さらに両手・両足の親指を縛って灸するという鬼眼穴になりました。

以下、引用。

狐魅神邪迷附癫狂∶以两手两足大拇指(趾),用绳缚定,艾炷着四处,尽灸一处。灸不,其疾不愈,灸三壮(即鬼眼穴)。小儿胎痫、奶痫、惊痫亦根据此法灸一壮,炷如小麦大。

以上は、上田善信先生が日本医史学会雑誌に「鬼眼穴の考察」と題して論文を書かれています。

「鬼眼穴の考察」
上田善信
『日本医史学会雑誌』第48巻第3号396–397 2002年

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