E・ジーン・スミスがチベット仏教文献を全てインターネットで公開

2018年10月23日
「仏教デジタル・リソース・センターは、世界最大のチベット仏教文献インターネット・アーカイブをシェアする」
Buddhist Digital Resource Center, Internet Archive Share World’s Largest Collection of Tibetan Buddhist Literature

ユタ州の元・モルモン教徒のチベット学者E・ジーン・スミス先生が創ったチベット仏教リソース・センター(TBRC:Tibetan Buddhist Resource Center)、仏教デジタル・リソース・センター(BDRC:Buddhist Digital Resource Center)が、収集したチベット仏教文献アーカイブを全てインターネットで公開します。チベット伝統医学の文献も含みます。

以下、引用。

「これは学問の追求が目的ではない」とインターネット・アーカイブの声明は述べる。多くのチベット人たちは彼らの祖国を追われ、インドや世界中に散らばっている。若い世代は移住させられ、他文化の社会の中で伝統的な教えの中で成長する機会を得られなかった。仏教デジタル・リソース・センターBDRCの仕事とは、チベット伝統の仏教の教えを誰もが利用できるようにすることである。

仏教デジタル・リソース・センター(BDRC)はチベット仏教リソース・センター(TBRC)としてE・ジーン・スミスによって設立された。

「BDRCはインターネット上のすべての人が仏教文献の宝物を利用できるようすることをミッションとして設立された」とBDRC理事長名誉教授のジェフ・ウォールマンは述べた。

小松左京の『日本沈没 第二部 』を思い出しました。

小松左京は戦争後、「日本人とは何なのかという疑問に取り付かれたため、現代日本人がもし日本から海外に難民として流浪したらどうなるのか」を思考実験しようと考えたそうです。

そこで、1973年の「日本沈没」で難民を発生させるための方便として日本を沈没させたのですが、小説の動機であった「日本人がもし海外に難民として流浪したらどうなるのか」は結局、書けませんでした。

30年後、73歳の時に再び書き始めて2006年に完成したのが「日本沈没 第二部」です。日本が沈没して国土を失い、難民として世界中に散った日本人がどのように生きていくべきなのかをシミュレーションし、議論します。

実は、このようなシチュエーションは世界中の民族で起こっています。一つはアフリカから奴隷として南北アメリカ大陸に連れて行かれたアフリカ人たちです。「リベリア(自由)」の名がつくリベリアはアメリカの解放奴隷たちがアフリカに帰って創った国です。「フリータウン(自由の街)」を首都にもつ「シエラレオネ」はイギリスで解放された黒人奴隷が創った国です。アメリカの黒人たちは自分たちの言葉を奪われ、名前を変えられ、違う神を信じ、アフリカに結局、戻ることはできませんでした。アフリカの「リベリア」や「シエラレオネ」は悲惨な戦争が続き、いまのアメリカでわざわざ「リベリア」や「シエラレオネ」に帰ろうとする人々はいません。

現実に、インドのダラムサラに1961年にダライ・ラマのチベット亡命政府が創ったメンツィーカン(チベット医学暦法研究所)があります。メンツィーカンはインドに53の支部を持ち、各支部にチベット伝統医学の医師が配置され、カーストで差別することなくインド国民に医療を提供しています。

チベット伝統医学はインドのダラムサラにあるメンティーカンが中心であり、インドの各地方、ブータン、ネパール、モンゴル、そして、ロシアのブリヤート共和国、トゥヴァ共和国、カルムイク共和国、サンクトペテルブルクまで拡がっています。ダライ・ラマのチベット亡命政府がささえるチベット伝統医学は国家の後ろだてを持たず、ただそれを支持する民衆に支えられて存続してきました。チベット亡命政府は1950年のチベット侵攻以来、チベットという本国から離れながらチベット語やチベット伝統医学、チベット仏教というアイデンティティーを68年間、保ってきました。

日本沈没 第二部 』に日本国亡命政府首相と外務大臣が議論をする場面があります。そこで成功モデルとして提出されたのがユダヤ人モデルでした。民族や文化アイデンティティーを保ちながら外国でどのように生きていくべきなのか。それとも、外国で政治によって日本人自治区を獲得し、入植して、新しい土地を獲得すべきなのか。後者はイスラエル方式です。

日本沈没 第二部 』では、最終的に日本亡命政府は日本人を日本人たらしめているもの、すなわち日本語と日本文化をまとめ、子孫に残すことを決断します。世界中に散らばり、コスモポリタンとして生きながら日本人としてのアイデンティティーを保つことを選択します。

中世ユダヤ人が律法、生活の知恵タルムードをまとめたように、千年後、二千年後でも日本人のアイデンティティーを保てるような文化遺産を残すことを『日本沈没 第二部 』の中の難民である日本人たちは決断します。

現代に生きるチベット人たちとダライラマ亡命政府は、まさに『日本沈没 第二部 』を生きた人々であり、ユダヤ人は何千年も実践してきました。

ユダヤ人は学校とは別に、13歳のユダヤ教徒成人式、バル・ミツヴァーでトーラー(聖書)とタルムード(ユダヤ生活の知恵)をヘブライ語で全て暗唱する儀式を行います。 これができたら一人前のユダヤ人になるわけです。「古代からユダヤ人に文盲は、1人もいない」「ユダヤ人がヨーロッパの宮廷で能吏・官僚・出入り商人として活躍できたのは、ヨーロッパら貴族以外のキリスト教徒のほとんどが文盲なのに対して、ユダヤ人だけは文盲でなかったから」だそうです。

旧約聖書は神の言葉であり、「初めに言葉ありき」で始まるので、ユダヤ教徒は徹底的に言葉と知恵を大切にします。また、「他の全ては金で買えるが、知識だけは金で買えない」「本を含めて全てのものは奪えるが、生きてさえいれば頭の中の知識だけは奪えない」が大前提です。

しかし、チベット文化にとって状況は大変厳しいです。

2017年、インドのAYUSH省が「インドの国益のために」チベット伝統医学をユネスコ無形文化遺産として申請したことで、チベット伝統医学が政治的に生き残る可能性が出てきました。

2017年4月12日『チベットの太陽』
「インドと中国は、チベット医学システムをユネスコに登録した」
India and China nominate Tibetan medicine system for UNESCO honour

中国政府はチベット伝統医学を「チベット=中国伝統医学」であるとして、ユネスコの世界遺産に登録しようとしていましたが、インド政府がユネスコに無形文化遺産に登録を申請し、2018年から協議が始まることになりました。ユネスコの世界遺産は建物物など有形の物、ユネスコの無形文化遺産は無形の物を対象とします。

以下、引用。

インドはソワ=リグパのチベット医学をユネスコの無形文化遺産リストに登録した。チベット伝統医学は中国北京政府も同じエントリーを世界遺産リストに送っていた。

この無形文化遺産の関係書類は3月の終わりにインド政府により提出され、ユネスコは2018年には協議を始める。

中国の蔵医はチベット自治区のポタラ宮にある西藏藏医学院や青海省・蔵医院が教育の中心であり、国家が多額の財政的バックアップをしています。

しかし、中国共産党政府はチベット語とチベット伝統文化を破壊しながら、チベット伝統医学の蔵医を金で支援しています。中国共産党政府はニセの転生仏を用意しているため、ダライ・ラマは「もう転生しない」と公式声明を出しています。

世界有数の政府が大量のヒト・モノ・カネを投入して大学で研究している中国政府の蔵医と、国家のうしろだてなしにユーラシア大陸の庶民が支持するチベット伝統医学のどちらが未来に残っていくのでしょうか。

チベット伝統医学はチベット語やチベット伝統文化、チベット仏教から切り離されて存続が可能なのでしょうか?

国家や大学や科学といった「権威」だけで伝統医学は成り立つのでしょうか。

中国政府公認の蔵医とインド・ダラムサラのチベット亡命政府のチベット伝統医学の対立は、個人的には「金満政府が財政支援してWHOを買収して世界的に法制度化され、権威となった中医学」と「日本で個人がほそぼそと研究する中国伝統医学」の対立と同じくらい重要な世界史的事件です。

ユタ州の元・モルモン教徒のチベット学者E・ジーン・スミスのその仲間たちが行った大事業は亡命チベット人の若い世代への最大の贈り物であると同時に、未来の人類全体へ個人ができる最大の贈り物です。歴史に残る大事業だと思います。

「これは学問の追求が目的ではない」、政府や権威に従うだけの学者にはこの言葉の意味は一生、理解できないと思います。

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