腹圧性尿失禁

2017年6月27日『JAMA(アメリカ医師会雑誌)』
「腹圧性尿失禁女性の尿漏れへの電気鍼の効果:ランダム化比較試験」
Effect of Electroacupuncture on Urinary Leakage Among Women With Stress Urinary Incontinence
A Randomized Clinical Trial
Zhishun Liu, MD, PhD;et al.
JAMA. 2017;317(24):‪2493-2501‬. doi:10.1001/jama.2017.7220

以下、引用。

【結論】腹圧性尿失禁の女性の腰仙骨部への電気鍼は、偽電気鍼と比較して6週間にわたってより尿失禁が少なくなった。

腹圧性尿失禁は現代中国語の「压力性尿失禁」 で、古典では『素問・咳論』に「腎咳がなおらずに膀胱が邪気を受けると膀胱咳となり、咳すると尿漏れする」とあります。

小便失禁や小便不禁に相当します。

『霊枢・本輸篇』に「虚すれば、遺尿する」という記述があります。

遺尿は小便失禁とは違い、小児遺尿のようにオネショのことですが、似ている面もあります。『素問・宣明五気』に「膀胱不利なら癃(りゅう)となり、膀胱不約なら遺尿となる」とあります。癃や癃閉は排尿困難です。

『諸病源候論』小便病諸侯では「小便不禁の者は腎気虚であり、下焦は寒冷を受けるために起こる。腎は水を主り、その気は陰に通じる。腎虚で下焦が冷えると水液を制することができずに小便不禁となる」と論じています。

一方で『丹渓心法』巻三では「小便不禁の者は熱に属し、虚に属する」と論じています。

『霊枢・口問』には「中気不足では溲便の変となす」とあり、脾気不足は小便失禁とも関連があるとされています。

さらに明代『景岳全書』遺尿では「脾肺気虚では水道を約束することができず、小便不禁の病となるものは中焦と上焦が通じておらず、補中益気湯が宜しい」と論じられています。

清代、林佩琴著『類証治裁』では「恐れや懼(おそ)れで遺尿となるものは、これは心気不足である」という記述があり「左寸口が数脈大脈で、心火が旺盛となり、小腸に移熱する」病理も書かれています。

『景岳全書』遺尿

『類証治裁』闭癃遗溺论治

上記の『景岳全書』遺尿と『類証治裁』闭癃遗溺论治の論述が最も参考になりました。

《宣明五气篇》曰∶膀胱不利为癃,不约为遗溺。
《骨空论》曰∶督脉为病,癃、痔、遗溺。
《经脉篇》曰∶肝所生病者,遗溺,闭癃。
《本输篇》曰∶三焦者,足少阴太阳之所将,实则闭癃,虚则遗溺。

督脈病でも肝経病でも三焦病でも 癃閉や遺尿があります。

さらに、手太陰の絡脈「列缺」でも、『霊枢・経脈篇』では「手太陰の別絡は名前を列缺といい、虚すれば小便は遺尿・頻数となる」 とあり、小便遺数があります。

手太陰肺経の所生病でも「是主肺所生病者・・・小便数而欠」とあります。肺経も小便と関連しています。

経絡弁証を考えると、 癃閉や遺尿を起こす経絡が沢山あります。腹圧性尿失禁の弁証論治は私には謎のままです。

【腹圧性尿失禁の鍼治療の研究史】

1995年「過活動性膀胱に対する鍼治療の有用性に関する検討」
北小路 博司
『日本泌尿器科学会雑誌』Vol. 86 (1995) No. 10 P ‪1514-1519‬
https://www.jstage.jst.go.jp/…/jpnjur…/86/10/86_10_1514/_pdf

1998年「泌尿器科領域の鍼灸について」
北小路 博司『全日本鍼灸学会雑誌』Vol. 48 (1998) No. 3 P 256-263
https://www.jstage.jst.go.jp/arti…/jjsam1981/…/48_3_256/_pdf

2013年7月『コクランシステマティックレビュー』
「成人の腹圧性尿失禁の鍼」
Acupuncture for stress urinary incontinence in adults.
Wang Y et al.
Cochrane Database Syst Rev. 2013 Jul 1;(7):CD009408. doi: 10.1002/14651858.CD009408.pub2.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23818069

【著者の結論】成人の腹圧性尿失禁に対する鍼の効果は未確定である。鍼が薬物療法よりも効果があるかどうかについては十分な証拠が存在しない。

2013年9月、韓国、慶熙大学校
「腹圧性尿失禁の鍼治療:ランダム化比較試験のレビュー」
Acupuncture for the treatment of urinary incontinence: A review of randomized controlled trials
SUN-HO PAIK,et al.
Exp Ther Med. 2013 Sep; 6(3): 773–780.
Published online 2013 ‪Jul 9.‬ doi: 10.3892/etm.2013.1210
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3786848/

「尿失禁治療への鍼や指圧を支持する限定された結果があった」

2016年『プロスワン』
「腹圧性尿失禁の電気鍼のパイロット・ランダム化プラセボ対照試験」
A Pilot Randomized Placebo Controlled Trial of Electroacupuncture for Women with Pure Stress Urinary Incontinence
Huanfang Xu,et al.
PLoS One. 2016; 11(3): e0150821.
Published online 2016 ‪Mar 9.‬ doi: 10.1371/journal.pone.‪0150821‬
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4784883/

2017年6月27日『JAMA(アメリカ医師会雑誌)』
「腹圧性尿失禁女性の尿漏れへの電気鍼の効果:ランダム化比較試験」
Effect of Electroacupuncture on Urinary Leakage Among Women With Stress Urinary Incontinence
A Randomized Clinical Trial
Zhishun Liu, MD, PhD;et al.
JAMA. 2017;317(24):‪2493-2501‬. doi:10.1001/jama.2017.7220
http://jamanetwork.com/journa…/jama/article-abstract/2633915

【結論】腹圧性尿失禁の女性の腰仙骨部への電気鍼は、偽電気鍼と比較して6週間にわたってより尿失禁が少なくなった。

【中国の腹圧性尿失禁研究】
2016年『高齢女性の腹圧性尿失禁の鍼灸治療の臨床研究発展』
针灸治疗老年女性压力性尿失禁的临床研究进展.
陈婕陆
实用老年医学 2016 年 8 月第 30 卷第 8 期

腹圧性尿失禁 に対しての中国での針灸治療が羅列されています。

まず頭鍼です。

焦順発先生の頭鍼療法をベースにした頭鍼穴名標準化案(頭針穴名標準化方案)の穴名で、頭維穴内側の額旁三線、百会から前頂あたりの頂中線、命門(GV4)、腎兪(BL23)、膀胱兪(BL28)、気海兪(BL24)、関元(CV4)、中極(CV3)、水道(ST28)、三陰交(SP6)、足三里(ST36)などを配穴しています。

上海鍼灸経絡研究所の底四鍼は、尾底骨の四傍に100㎜の長さの鍼を3寸直刺し、鍼感を尿道や肛門に響かせ、電気を60分かけます。これが今の上海中医薬大学の上海鍼灸経絡研究所のレベルです。

腹鍼療法では、高齢女性の尿失禁を腎気不足、脾気虚で膀胱が約束できないと弁証し、中かん、下かん、気海、関元、気穴(KI13)に鍼灸します。

普通鍼は中髎と会陽の電気鍼です。

许焕芳,杜若桑,莫倩,等.电针治
疗女性轻中度压力性尿失禁有效性的Ⅰ期临床研究.
中华中医药杂志,2014,29(12):3755⁃3758.

上記の論文は、中医学の腹圧性尿失禁は遺溺や小便不禁の範疇であり、巣元方の『諸病源候論』では「病位は膀胱にあり、腎気不足・下元不固で膀胱が失約して発病する。足太陽膀胱経の経絡が通り臓腑が所属するので取穴した」と、学生レベルの弁証論治でガッカリします。

中医学并无压力性尿失禁这一病名,根据其 症状描述当属“遗溺”、“小便不禁”的范畴。巢元 方《诸病源候论》明确“遗溺”、“小便不禁”的病位 在膀胱,发病多责之肾气不足,下元不固,膀胱失 约。中髎穴、会阳穴均为足太阳膀胱经腧穴,根据 “经络所通,腧穴所在,脏腑所属,主治所及”的原 则、腧穴主治规律及俞募配穴法,针刺这些穴位具 有补肾益气、固本止溺的作用。

これが中医学鍼灸の2016年の学術論文です。文化大革命で先人に敬意を払わなかった今の中医薬大学の学術レベルを象徴しています。

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