南京中医学院の『中国漢方医学概論』

『中国漢方医学概論』
南京中医学院 編 中国漢方医学概論刊行会 (1965年)

写真は、『中国漢方概論』(中国漢方医学概論刊行会1965年)の156ページ、「五藏六府の病証」の「1.心病の証候」です。

なんと、心虚証と心熱証の2つしか証がないのです!

1965年に日本語訳が出版された『中国漢方概論』のもとは、現代中医の父であり中医司令である呂炳奎先生が1956年に南京中医資進修学校で使った『中医学概論』という世界最初の中医学教科書になります。

2018年の世界保健機構(WHO)のICDー11の心臓の臓腑弁証では

(1)心気虚“Heart qi deficiency pattern”
(2)心血虚“Heart blood deficiency pattern”
(3)心気血両虚“Dual deficiency of heart qi and blood pattern”
(4)心脈瘀阻“Heart meridian obstruction pattern”
(5)心陰虚“Heart yin deficiency pattern”
(6)心気陰両虚“Deficiency of heart qi and yin pattern”
(7)心陽虚“Heart yang deficiency pattern”
(8)心陽虚脱“Heart yang collapse pattern”
(9)心火上炎“Heart fire flaming upward pattern”
(10)火擾心神“Fire harassing heart spirit pattern”
(11)水気凌心“Water qi intimidating the heart system pattern”

となっています。

1956年は心虚証と心熱証の2つしかなかったのに、52年後の2018年には11の証に増えたわけです。

『中国漢方医学概論(1965年、原著は1956年)』 で脾臓の病証は脾寒、脾熱、脾虚、脾実の4つしかありません。中気下陥証や脾気下陥証、脾不統血証は存在しません。

肝臓の病証も肝寒、肝熱、肝虚、肝実の4つしかありません。肝欝気滞や肝陽上亢、肝風内動は存在しません。

『中国漢方医学概論』の臓腑弁証は『中蔵経』や唐代の『備急千金要方』を参考文献に挙げていますが、実際は清代、江涵暾著『笔花医镜』巻二、臓腑証治をもとにしたものだと思います。

「脾寒」「脾虚」「肝虚」「肝熱」という表現はほとんどが『黄帝内経』にまで遡ることができて、最初の記述、初出を決めることが難しいほど頻出しています。『中蔵経』や『備急千金要方』や『笔花医镜』では脈象や症状まで詳述されています。

一方、「心陽虚」「心気血両虚」は第2次世界大戦後にしか文献にみられません。2018年に発表された「現代中医弁証体系の変化と発展研究」という論文によれば、第2版(1964年)で、心の虚証は心虚証のみでした。第3版(1974年)で、心の虚証は「心気虚」「心陽虚」「心陰虚」「心血虚」の4種類に増加したのです。

2018年11月9日
「現代中医弁証体系の変化と発展研究」
现代中医辨证体系的变化与发展研究
王慧如,刘哲,王维广
『中国中医基础医学杂志』

「脾不統血」や「肝欝気滞」は臨床で有用な概念ではありますが、現在の中国=WHOの「弁証論治は単なる仮説であり、初心者向けの「入り口」そのものです。私は10年以上前から「臓腑弁証は鍼灸の臨床では役に立たない」と言い続けてきました。経絡弁証こそが鍼灸の本質だと思います。そして『中蔵経』『備急千金要方』『笔花医镜』で研究されているのは、まさに経絡弁証なのです。

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