硬結や筋肉のコリ

「皮下注射・筋肉内注射後の副反応に関する文献検討」
A study of reactions at the sites of subcutaneous or intramuscular injections
高橋 有里Takahashi Yuri
岩手県立大学看護学部
『岩手県立大学看護学部紀要』 16, 29-36, 2014-03


これは注射後にできる硬結の定義を調べた研究です。医学辞典や皮膚科の教科書など77冊の文献における硬結の定義を文献調査したところ、硬結の明確な定義や研究を書いた教科書が存在しないという事実が判明したというものです。
英語では硬結はindurationと翻訳されていますが、病理学や皮膚科学の教科書では硬結を取り上げた教科書は一冊も存在しませんでした。

注射後に硬結が発生したという症例報告の論文はたくさんあるのに、注射によってできる硬結という病変は定義されていないのです。 これはまさに鼻の先にかけた「めがね」であり、この論文を書いた高橋有里先生は本当に素晴らしいです。この論文が発表されたのは2014年です。

確かに、以前、皮膚科を勉強した際に紅斑や丘疹、結節、膨疹などの皮膚病変の定義を勉強しましたが、硬結の説明は教科書にはなかったです。

トリガーポイント鍼療法では索状硬結(タウト・バンド)」や筋硬結(マッスル・ノット)という言葉が使われています。タウトとはロープを張ったような感じです。バンドは紐です。索状硬結は直訳では「ロープを張ったような感じ」です。

ノットは結び目ですので、筋硬結は直訳では「筋肉の結び目」です。

トリガーポイント独特の「結節」 という表現もよく出てきます。結節の中に「筋内のグミのような小結節」が存在します。

最近、筋膜リリースの考え方で、「筋肉のコリはレオタードのような薄い浅筋膜にシワが寄った状態」という解釈が広まりつつあります。しかし、臨床医学・EBMの立場から私はこの考え方には疑問を持っています。

以下は、筋膜リリースのEBMはどうなっているのかの調査です。

2013年『ジャーナル・オブ・アスレティック・トレーニング』
「整形外科領域での『筋膜リリース(マイオフェーシャル・リリース)』:システマティックレビュー」
Myofascial release as a treatment for orthopaedic conditions: a systematic review.
McKenney K, Elder AS, Elder C, Hutchins A.
J Athl Train. 2013 Jul-Aug;48(4):522-7.

筋膜リリースは徒手療法として広く行われるようになっている。そのルーツは1940年代にまでさかのぼり、マイオフェーシャル・リリースという言葉が使われたのは、1981年にオステオパスのアンソニー・チラ、キャロル・マンハイム医師によるミシガン大学の講義、『マイオフェーシャル・リリース』が最初である。徒手療法の世界でマイオフェーシャル・リリースは広汎に行われているにも関わらず、その効果は客観的に評価されていない。

2015年『ジャーナル・オブ・ボディワーク・アンド・ムーブメント・セラピー』
「筋膜リリース(マイオフェーシャル・リリース)の効果:ランダム化比較試験のシステマティックレビュー」
Effectiveness of myofascial release: systematic review of randomized controlled trials.
Ajimsha MS et al.
J Bodyw Mov Ther. 2015 Jan;19(1):102-12.

2015年と2013年のシステマティックレビューを読んだ限りでは、筋膜リリースの有効性の科学的根拠についてはまだ何も言えないというのが現状だと思います。

セルフ・マイオフェーシャル・リリースと言われるスポーツクラブで大流行のフォームローラーも科学的根拠はまだ何もいえないです。

2015年『フォーム・ローラーやローラーマッサージャーを用いて、セルフ・マイオフェーシャル・リリースをするのは、筋肉の回復や関節可動域、パフォーマンスに効果はあるのか?システマティックレビュー』
THE EFFECTS OF SELF-MYOFASCIAL RELEASE USING A FOAM ROLL OR ROLLER MASSAGER ON JOINT RANGE OF MOTION, MUSCLE RECOVERY, AND PERFORMANCE: A SYSTEMATIC REVIEW.
Cheatham SW et al.
Int J Sports Phys Ther. 2015 Nov;10(6):827-38.

【結論】現在、セルフ・マイオフェーシャル・リリース(SMR)プログラムについて明確なコンセンサスは存在しない。

2018年にもシステマティックレビューが出版されましたが、筋膜リリースの有効性の科学的根拠は存在しません。

2018年「慢性筋骨格系疼痛への筋膜リリースの効果:システマティックレビュー」
Effectiveness of myofascial release in treatment of chronic musculoskeletal pain: a systematic review.
Laimi K et al.
Clin Rehabil. 2018 Apr;32(4):440-450. doi: 10.1177/0269215517732820. Epub 2017 Sep 28.

【結論】現在のエビデンスは、筋膜リリース療法について慢性筋骨格系疼痛に対しての治療法であることを保障するには十分とはいえない。

2015年に以下のRobert Schleip の文献『人体の張力ネットワーク 膜・筋膜―最新知見と治療アプローチ』が出版されて以来、FasciaやMyofasciaという言葉が流行しました。

人体の張力ネットワーク 膜・筋膜―最新知見と治療アプローチ
Robert Schleip  医歯薬出版 (2015/6/2)

上記の文献は、カッサや鍼、オステオパシー、ロルフィングなどの手技療法・ボディワークなど、Fasciaに関わる治療法の総覧となっており、非常に面白かったです。代替医療関係者は必読です。また、ヘレン・ランジュバン先生などの真面目なFascia研究者の論文は読む価値があります。

筋膜リリースは多くの源流があり、ややこしいです。それらはオステオパシーの創始者、アンドリュー・テイラー・スティル、トリガーポイント療法のジャネット・トラベル、ロルフィングのアイダ・ロルフ、ドイツの結合織マッサージのエリザベート・ディッケです。筋膜リリースは代替医療の総合的知識が問われます。

学問とは無関係な世界の理学療法ビジネスのバズワードである「マイオフェーシャル・リリース®」は、ジョン・F・バーンズというアリゾナ州セドナ在住のカリスマ的理学療法士が1990年代に提唱しました。

John F. Barnes, myofascial release approach®

DVD「マイオファッシャル・リリース(筋膜リリース法)」
ジョンF.バーンズ,P.T 全3枚 DVD 36,000円

Myofascial Release(筋膜リリース)」
竹井 仁(東京都立保健科学大学理学療法学科)
『理学療法科学』Vol. 16 (2001) No. 2 P 103-107

理学療法士の先生方は基礎研究の実験結果に振り回されている印象があり、結局、臨床試験によるエビデンスをつくれていないです。

津田敏秀教授は、『医学的根拠とは何か (岩波新書)』のなかで、医学的根拠に関する20世紀の学派を「直観派」「メカニズム派」「統計学派(EBM派)」の3つに分類していますが、理学療法士の多くはメカニズム派であり、基礎研究を科学的事実と混同するというロジカル・エラーを起こしています。実験室内で確認されたことが実際の臨床的事実と食い違うことは何度も証明されており、このような考え方は20世紀末に論争の決着がついた「過去のパラダイム」と呼ばれています。日本の医学界は過去のパラダイムであるメカニズム派が圧倒的に優位な特殊地域なので、この種の混同をよく起こしています。医学を学ぶ方が科学基礎論や科学哲学と呼ばれる分野を知らないために、これらの問題が起こっています。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする