秋鬱:肝の昇発と肺の粛降と魂魄

中医学の理論では、肺は気の「粛降」を主り、肝は気の「昇発」を主ります。肺気を降ろし、肝は気を昇らせ、全身の気をグルグルと回しています。秋に急に冷える、肝の気の昇発が弱い人は秋の肺の気の粛降作用だけが強くなり、気が沈みこんでしまいます。逆に肺の粛降が弱いと肝の陽気が昇り過ぎて気が頭にのぼせたりするのだと思います。小柴胡湯で気をグルグル回すようなイメージを持っています。

また、東洋医学には「五神」があります。「魂・神・意智・魄・精志」です。心は神志を蔵します。腎は精志を蔵します。腎水が心火を冷やし、心火が腎水を温めると心腎交通で精神が安定します。心腎不交では精神不安定となります。心志の神が失われると失神します。

下焦の肝臓は魂を蔵し、魂は陽性の性質があります。肝血がたっぷり充実していれば重しみたいになり、浮きやすい魂は落ち着いています。肝血虚タイプで「夢が多い」「途中覚醒」があるタイプでは陽性の魂が浮いています。『類経』本神に「魂之为言,如梦寐恍惚、变幻游行之境皆是也」とあります。

不思議ちゃんタイプの男女は「現実感が薄い」タイプの方がいらっしゃいます。筋肉ガッチリの中小企業の社長タイプ(胆が太い将軍タイプ)の方の現実感とは対照的です。この「夢が多い」「現実感が薄い」は「魂」の臨床的特徴と捉えています。

上焦の肺は魄を蔵し、魄は陰性の性質があります。魄は学習能力や動作や皮膚の感覚ですが、健康な肉体が生み出す集中力や注意力、皮膚感覚と説明しています。『類経』本神に「魄之为用,能动能作,痛痒由之而觉也」とあります。

具体的には、カゼをひいた際にボーッとして集中力が無くなった状態を「魄の弱った状態」と説明しています。本を読んでも頭に入らないし、味覚や嗅覚も鈍くなったりわからなくなります。気魄(やる気)もないです。「気魄がある」のは高校野球の試合中の球児みたいな状態で、常に注意、集中しています。老人になると注意力、集中力、記憶力は弱くなります。皮膚感覚も鈍くなります。

臨床的には夏バテの一時的な肺気の弱りでは集中力や注意力が低下してやる気(気魄)がなく、カゼをひきやすくなります。秋バテはこのような肺気の弱りかも知れません。

『霊枢・本神篇』に以下の記述があります。

「肝、悲哀は魂を傷つけ、魂が傷つくとすなわち狂、忘、不精となる」

「魂」の異常は「狂」になるようです。

「魄」について 『霊枢・本神篇』に以下の記述があります。

肺,喜乐无极则伤魄,魄伤则狂,狂者意不存人,皮革焦,毛悴色夭死于夏。

「魄」 の失調も「狂」です。道教や儒教など中国伝統文化の魂魄は『朱子語類』巻三、鬼神が根拠になっているようです。

※ 『朱子語類』巻三、鬼神
http://www.guoxue123.com/zhibu/0101/01zzylf/006.htm
「三魂七魄」「魄は記憶と関係する」「ヒトが死ぬと魂は天に帰る」などの記述があります。

この『朱子語類』では「人が生まれると魄が生じ、魄をもとにして魂が生じる」という記述があります。魄は物質(フィジカルな肉体またはエーテル体)の側面があり、魂はその肉体から生じる純粋なスピリチュアル・エネルギー「アストラル体=幽体」みたいなイメージをもっています。死んでお墓の上をフワフワと魂が浮かんでいれば人魂ですし。

『霊枢・天年篇』では加齢を論じて「八十歳、肺気衰えれば、魄が離れて、ゆえによく言い間違えする」と記憶力との関連を言っています。ここでは魄は機能のみの印象があります。

しかし、落魄という言葉もあるように、八十歳になるとフィジカルな肉体、魄も衰え、集中力・注意力・記憶力、痛みや痒みの感覚異常(痛み、痒み、あるいは痛みや痒みの衰え)、つまり「魄」が衰えるというイメージを持っています。死んだらフィジカルなボディと陰性の「魄」は大地に還り、陽性の「魂」はフワフワ浮いて天に帰るようなイメージです。

「魂」と「魄」が抜けたらキョンシー(殭屍)だと、かつて説明したことがあります。魂魄が抜けてフィジカルな肉体だけが残りますが魂魄のやどる気血が無いので真っ白で、視覚や味覚や痛覚もないし、記憶力もなく、動作が不器用なので、動きがカクカクしてピョンピョン飛び跳ねます。

秋は本来は勉学の秋で集中力が高まる季節ですが、肺の気が弱った人は気魄(やる気)がなくなったり、集中力・記憶力が弱くなる印象があります(秋バテ)。
また、気が下に落ち込み過ぎて秋の憂うつ(メランコリー)となる方もいる気がします

※「朱熹の気質論–感じ、思考し、運動する気のメカニズム」
辻井 義輝『東洋大学大学院紀要』 47, 217-240, 2010
https://www.toyo.ac.jp/uploaded/attachment/8036.pdf

『朱子語類』の「鬼神」や「魂魄」の捉え方を研究されています。

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