心の虚証と不眠

世界保健機構(WHO)のICDー11の心の臓腑弁証では

(1)心気虚“Heart qi deficiency pattern”
(2)心血虚“Heart blood deficiency pattern”
(3)心気血両虚“Dual deficiency of heart qi and blood pattern”
(4)心脈瘀阻“Heart meridian obstruction pattern”
(5)心陰虚“Heart yin deficiency pattern”
(6)心気陰両虚“Deficiency of heart qi and yin pattern”
(7)心陽虚“Heart yang deficiency pattern”
(8)心陽虚脱“Heart yang collapse pattern”
(9)心火上炎“Heart fire flaming upward pattern”
(10)火擾心神“Fire harassing heart spirit pattern”
(11)水気凌心“Water qi intimidating the heart system pattern”

と11種類の病証となっています。

2018年11月は衝撃的でした。『中国中医基礎医学雑誌』に発表された「現代中医弁証体系の変化と発展研究」という論文で、中医学の臓腑弁証における心の病証の歴史がかなり解明されました。

2018年11月9日
「現代中医弁証体系の変化と発展研究」
现代中医辨证体系的变化与发展研究
王慧如,刘哲,王维广『中国中医基础医学杂志』
http://www.lunwenstudy.com/zyzhenduan/135961.html

「現代中医弁証体系の変化と発展研究」の「臓腑弁証の地位の向上」によると、中国の第1版(1960年)の教科書では「臓腑経絡病証」として臓腑弁証と経絡弁証はまとめられていました。

第2版(1964年)では心の病証は『心虚証』のみでした。

第3版(1974年)では心気虚、心陽虚、心陰虚、心血虚の4種類に虚証が増加し、痰擾心神が痰火擾心と痰蒙心神に変化し、心血瘀阻が加わります。

第5版(1984年)では心血瘀阻は心脉痹阻と名前が変わります。私はこの第5版の教科書派になります。

第6版(1995年)では心陽虚脱、瘀阻脳絡が増加しました。

現代中医の父、呂炳奎先生が1956年に南京中医資進修学校で使った『中医学概論』という世界最初の中医学教科書 の翻訳にあたる『中国漢方医学概論』(南京中医学院 編 中国漢方医学概論刊行会  邦訳1965年) という文献では、心虚証と心熱証のみが存在していました。

歴史的には清代の1824年、江涵暾著、『笔花医镜』卷二脏腑证治では心之虚、心之実、心之寒、心之熱の4つだけです。

唐代の『備急千金要方』 では心之実熱、心小腸倶実、心小腸倶虚の3つだけです。

清代の1824年、江涵暾著、『笔花医镜』卷二脏腑证治では、「心の虚は血不足であり、左寸口の脈は必ず弱く、その症状は驚悸(驚いて胸が動悸)、不眠(=不寝)、健忘、虚痛、征忡(重症の動悸、遺精(夢精)となります。
http://www.zysj.com.cn/lilunshuji/bihuayijing/840-8-1.html

これは現代のWHO-ICD11の“Heart blood deficiency pattern(心血虚)”に類似しています。
A pattern characterized by
palpitations(動悸),
dizziness(めまい),
dream-disturbed sleep(多夢による不眠),
forgetfulness(健忘),
pale or sallow complexion(顔色蒼、顔色萎黄),
pale lips and tongue(唇は蒼い、舌は青舌),
or a feeble thready pulse(弱く細い脈=細脈:细脉:xì mài)がWHO-ICD11の心血虚です。

『笔花医镜』卷二脏腑证治では七福飲や安神定志丸、帰脾湯などを処方しています。

臓腑弁証の心血虚の中で、日本の鍼灸臨床で扱われるのは動悸と不眠でしょうか。不眠症(失眠)に対して鍼灸のエビデンスは混乱しています。

2012年のコクランシステマティックレビューは現状のエビデンスが不眠症への鍼の使用を支持していないとしています。

2012年コクランシステマティックレビュー
「不眠症の鍼」
Acupuncture for insomnia.
Cheuk DK et al.
Cochrane Database Syst Rev. 2012 Sep 12;(9):CD005472. doi: 10.1002/14651858.CD005472.pub3.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22972087

2015年の耳鍼のシステマティックレビューは耳鍼が不眠に好ましいが、明確な支持はできないとしています。

Auricular acupuncture with seed or pellet attachments for primary insomnia: a systematic review and meta-analysis.
Lan Y et al.
BMC Complement Altern Med. 2015 Apr 2;15:103. doi: 10.1186/s12906-015-0606-7.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25886561

2016年の更年期女性の不眠へのシステマティックレビューとメタアナリシスは、鍼が更年期女性の不眠を減らすと結論しています。不眠の鍼のエビデンスはかなり限定的です。

Acupuncture to Reduce Sleep Disturbances in Perimenopausal and Postmenopausal Women: A Systematic Review and Meta-analysis.
Chiu HY, et al.
Obstet Gynecol. 2016 Mar;127(3):507-15. doi: 10.1097/AOG.0000000000001268.

2015年の山東省の山東中医薬大学の論文は不眠症の鍼灸治療を現代文献から調べていますが、個人的にはかなり不満です。

2015年「『不寝 』の鍼灸治療の現代文献と弁証取穴の法則の研究」
针灸治疗不寐的现代文献以及辨证取穴规律研究
邵佳锐 《山东中医药大学》
http://cdmd.cnki.com.cn/Article/CDMD-10441-1015660554.htm
最常用的经脉是督脉、足太阳膀胱经、足阳明胃经、足少阴肾经、足厥阴肝经等,
最常用腧穴是心俞、四神聪、太溪、百会、三阴交、丰隆、肾俞、中脘、脾俞、太冲等。
常见的辨证分型是心脾两虚、心肾不交、心胆气虚、脾胃不和、痰热内扰、阴虚火旺、肝郁化火(肝火上扰)等证型

古典では、呉瑭の『温病条弁』下焦篇 风温 温热 温疫 温毒 冬温の汪瑟庵の注釈、「不寐之因甚多,有阴虚不受阳纳者,有阳亢不入阴者,有胆热者,有肝用不足者,有心气虚者,有心液虚者,有蹻脉不和者,有痰饮扰心者,温热病中,往往有兼不寐者,各察其因而治之,斯不误矣」が有名です。

その論の中の「蹻脉不和(きょうみゃくふわ)」つまり、陽きょう脈、陰きょう脈の2つの奇経は確実に不眠と関連していると思います。

また、陰維脈(いんいみゃくの病では「心痛に苦しむ(苦心痛)」であり、不眠と心痛があれば陰維脈は関連がある可能性を考えます。

督脈と任脈も臨床的には不眠にかなり使います。

個人的意見では、現代中医学の臓腑弁証は奇経八脈と睡眠の関係が弱すぎて、臨床的に使いづらいです。経絡弁証の理論をもっと整理して欲しいところです。

あとは特殊鍼灸法です。熱敏灸は不眠に効果があります。

2018年「熱敏灸による不眠治療の研究概況」
热敏灸治疗失眠的研究概况
吴惠容 刘琼 《世界最新医学信息文摘》 2018年72期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-WMIA201872111.htm
http://www.scipaper.net/show-15-1456.html
http://www.scipaper.net/upload…/…/1103/20181103040211934.pdf
(オープンアクセスPDFファイル)

特殊針法の腕踝鍼は心経の通里あたりの「上一穴」の論文がありますが、腕踝鍼の経験からもっと沢山ツボを使っても良いと思います。

2011年「腕踝針の上一穴による不眠症の治療の臨床効果観察」
腕踝针上1治疗失眠的临床疗效观察
晏上海 《福建中医药大学》 2011年
http://cdmd.cnki.com.cn/Article/CDMD-10393-1011220770.htm

耳鍼は耳の神門を単独で使った論文がありますが、王不留行でも耳に貼布すると痛くて寝られない方がいます。

2010年「単一の耳穴の神門への貼圧による不眠症の治療の臨床研究」
单一神门耳穴贴压治疗失眠症的临床研究
张丽芬《广州中医药大学》 2010年
http://cdmd.cnki.com.cn/Article/CDMD-10572-2010125940.htm

耳鍼の不眠の中国論文を読んでいて気になったのは、耳鍼と心胆気虚や心脾両虚など弁証論治して不眠の治療をしていることです。フランスのノジェが開発した耳針は西洋医学の反射学説であり、フランスの耳針を研究した限り、弁証論治とは関係ないとわたしは考えています。

「心胆気虚型不眠症への耳鍼療法の臨床研究」
耳针疗法对“心胆气虚”型失眠的临床研究
李兴悦 《长春中医药大学》 2015年
http://cdmd.cnki.com.cn/Article/CDMD-10199-1015429477.htm
※“神门”、“心”、“三焦”、“内分泌”、“胆”治疗心胆气虚型失眠后睡眠改善

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする