感染症数理モデル

2020年3月25日科学雑誌『サイエンス』
「生と死の数学:いかにして疾病数理モデリングは国家封鎖や他のパンデミック政策を形成するのか?」
Mathematics of life and death: How disease models shape national shutdowns and other pandemic policies

以下、引用。

数理疫学モデラ―は彼らの予測が当たらないと認める最初の人々である。「すべての数理モデルは間違っているが、いくつかは有用である」と統計学者のジョージ・ボックスはかつて言ったが、これは数理疫学における決まり文句となった。

(オランダ・ライデン大学データサイエンス感染症数理モデル専門家の)ウォリンガ教授は「誰かが感染して他のヒトに感染させるまでの期間が3日から6日という推定については自信をもっているが、さまざまな年齢の人々がそれぞれの年齢グループごとにどのような感染症の感受性があるかは自信がない」という。最も計測されたデータは中国の深センから得られた。

感染症数理モデルには多くの変数があります。以下が難問になります。

1.無症候の感染者がどれくらい感染拡大させているか。
2.感染の形式:最初は飛沫感染、接触感染でしたが、のちに屋内ではエアロゾル感染と認識がアップデートされました。
3.ルール無視:社会的距離がどれだけ遵守されているか。
4.ホットスポット:スーパースプレッダーの存在など感染の不均一性。
5.潜伏期間:一般的には14日間以内とされていますがものすごい幅があります。
6.文化による伝播の違い、人口密度の分布など

今回、世界中の数理疫学者を苦しめているのは最初の中国のデータです。

2020年4月2日イギリスの新聞『メトロ』
「コロナウイルス死亡者数といつ終わるのかという予測は中国政府のウソに基づいている」
Predictions about coronavirus death toll and when it will end ‘are based on lies from Chinese government’

以下、引用。

ニューヨーク州のクオモ知事はこう述べた。「COVID19をコントロールするための計算は中国からのウソに歪められている。われわれは数理モデルをレビューするが、モデルはレビューしない。数理疫学モデラ―は武漢データを使っているという。特に数理疫学モデラ―は社会隔離による影響を計算しようとしている。

クオモ知事は数理疫学モデラ―と新型コロナウイルス感染症の予測をしようとしていますが、中国の社会隔離(都市封鎖)などのデータをアメリカの数理疫学モデラ―が使っているため、数理疫学モデルが信頼できなくなっていると述べています。これは素人ならではの常識的な意見だと思います。

以下、『サイエンス』の記事の引用。

エジンバラ大学のグローバル・ヘルス専門家デヴィ・スリダールは「政策立案者があまりにCOVID19数理疫学モデルに頼りすぎている」と言う。ハーバード大学の疫学者ウィリアム・ハナージは言う。「理論的な数理疫学モデルが現実の生活を反映しているなんて私は信じることができない。そして、政治家がほとんど研究されていないウイルスについての数理疫学モデルを信じるのは危険すぎる。それは虎に乗ろうと決心するようなものだ。あなたはその虎がいかに大きいか、何頭いるかを確実に知ることなしに虎に乗ろうとするも同然だ」。

数理疫学モデルが捉えられないこともある。数理疫学モデルが予測できないファクターとして社会的距離についての苦悩があり、大衆が在宅命令に従うかどうかということである。「最近の香港とシンガポールのデータは極端な社会的距離が維持できないことを示している」と香港大学の数理疫学モデラ―であるガブリエル・リャンは述べる。香港もシンガポールも「社会的距離に疲れている」ことから上昇がみられる。「われわれはあまりに早く社会的距離をきつくしすぎたために、すでに2か月がたって人々は本当にうんざりしている」と彼は言う。

長期間のロックダウンは病気を遅らせるが、経済に破滅的インパクトをもたらし、さらに経済的破滅が公衆衛生に影響を与える。これは3つの問題であり、健康を守ること、経済を守ること、人々が健康で精神的に健全であることの間には関係がある。

経済的な破滅は数理疫学モデルでは考慮されていない。しかし、それは変えるべきかも知れない。「経済数理モデラ―を何人も連れてきて、経済数理モデルを要素として疫学に組み入れるべきだ」と彼は言う。

超一流科学雑誌『サイエンス』に載っている世界の一流の疫学者・公衆衛生学者の言葉には共通点があります。日本語圏のSNSでは医療従事者による感情的な言説と同調圧力が圧倒的なので、数理疫学モデルにもとづく社会的距離が不確実性をもつという指摘は日本語圏ではあまりみられません。本当に「正しい」政策なら、科学とロジックに基づいて透明性とオープンネスに基づいて政策を提示し、民主的に議論すべきです。

なぜ感情的な言説と同調圧力や行動科学による心理操作テクニックに頼るのかというと、論理的に穴だらけなのが理由だと思います。本当に「正しい」科学的な言説なら、仮想敵をつくったり人格否定をする必要はまったくありません。少なくとも2020年3月25日の科学雑誌『サイエンス』記事では「政策立案者があまりにCOVID19数理疫学モデルに頼りすぎている」「政治家がほとんど研究されていないウイルスについての数理疫学モデルを信じるのは危険すぎる」「経済的要素は感染症数理モデルでは全く考慮されておらず、経済を守ることや人が精神的に健康であることも考慮すべきである」という指摘が行われています。

おそらくパニックを起こして感情的になっている人たちを満足させるために社会的距離政策は実行されると予測されます。社会的距離を守らせるためにそれを破る人を攻撃する事例はすでに観察されています。もう少ししたら、民主的でオープンな議論はできなくなるかも知れません。しかし、人間行動に関する数理モデルは単なる「思考の道具」であり、本質的に不確定であり、複数の数理モデルを組み合わせて考えないと大変な間違いを犯す可能性があります。

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