現代の中国式耳鍼と弁証論治

2013年「耳針弁証論治の源流」
耳针辨证论治源流
王艺同 李桂兰
《长春中医药大学学报》 2013年03期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-CZXX201303104.htm

上記は1959年4月、中国『大衆医学』に「針刺耳廓全身疾患」と題してノジェの耳針の検証記事が掲載されたものです。その記事では上海第1医学院中山医院が耳針で肩の治療をしたことが書かれており、腕、肘、肩、鎖骨、踵、膝、臀部などの耳穴が掲載されています。

膝は現在のフランス式耳鍼の膝の位置と一致しており、この1959年の現在の中国式耳穴の神門の位置にあります。また、五藏六腑の肺や腎や三焦はもちろん存在しません。

もともとポール・ノジェが1956年にマルセイユの地中海鍼学会会議で「耳介に投影されたゾーンやポイント」を口頭で発表しました。この発表を聴講したゲルハルト・バッハマンがノジェの耳鍼を1957年の『ドイツ鍼雑誌』に発表しました。このドイツのバッハマンによるノジェの耳鍼の紹介が日本の長浜次男によって『医道の日本』1957年9月号「耳の刺鍼治験 バツハマン(独)」p25~26として翻訳されました。

さらに、1958年12月の葉肖麟先生による『上海中医雑誌』の紹介で中国にフランスのノジェの耳鍼が伝播しました。

1958年「中国国外の針刺治療法の新発展ー耳針療法の紹介」
国外针刺疗法的新发现——耳针疗法介绍
叶肖麟 《上海中医药杂志》 1958年12期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTotal-SHZZ195812018.htm

明確に治療ポイントは耳の反応点であると書かれています。

この『上海中医雑誌』を読んだ上海第1医学院中山医院が耳針で肩の治療を行い、1959年4月、中国『大衆医学』に「針刺耳廓全身疾患」を発表しました。これをさらに南京の人民解放軍の軍医たちが2,000人以上の患者で検証し、 1972年12月に上海人民衛生出版社より南京部队某部『耳针』として出版しました。

既に、この1972年の『耳针』には、93ページより「十一:弁証取穴在治療実践中運用」として胃潰瘍に交感・神門・胃・皮質下という配穴が「健脾扶正」「助胃去邪」という治則から配穴されて、そのすぐ後に『毛沢東語録』が引用されています。つまり、鍼麻酔ブームの起こった1972年の南京人民解放軍の『耳針』では既に耳鍼の弁証論治がスタートしていました。

現代の中国のデータベースでも弁証論治から耳針の配穴を決めたものがけっこう見つけられます。

2015年「耳針療法による『心胆気虚』型不眠症の治療の臨床研究」
耳针疗法对“心胆气虚”型失眠的临床研究
李兴悦 《长春中医药大学》 2015年
http://cdmd.cnki.com.cn/Article/CDMD-10199-1015429477.htm
※观察耳针针刺“神门”、“心”、“三焦”、“内分泌”、“胆”治疗心胆气虚型失眠后睡眠改善情况,提示通过耳穴对内分泌功能的调整能改善特定中医症候类型的失眠症状

胆気虚や心虚胆怯は精密な臨床観察からできた素晴らしい分析だと思います。更年期で夜に風で日本家屋がガタガタ揺れただけで「泥棒が入ったんじゃないか?」とドキドキしたり、恐れやすい方はたくさんいます。胆は勇気を主り、胆気虚となると驚きやすく、恐れやすくなります。胆気虚は『霊枢』や隋代『諸病源候論』では以下のようにあります。

「胆気不足すればその気は上にあふれて口苦となり、よくため息をつき、胃液を吐き、心下はタンタンとして、人に捕まえられるかのように恐れる」
《诸病源候论·五脏六腑病诸候》:“胆气不足,其气上溢而口苦,善太息,呕宿汁,心下澹澹,如人将捕之。

「心胆気虚」「胆気虚」という心身の状態は確かに存在すると思いますが、それが耳穴の神门、心、三焦、内分泌、胆で治るかは全く別の話だと思います。

耳穴、内分泌は英語の耳穴名は‘endocrine(エンドクリン=内分泌)’ですが、西洋医学の用語です。耳穴、三焦は中医学用語です。耳穴、胆はどう考えても英語の西洋医学の臓器(胆囊)であり、消化や胆石症とは関係するかも知れませんが、中医学の『胆は勇気を主る』理論とは関係ないと思います。

中医学は演繹的推論という人間の思考法の欠点を露呈している印象があります。演繹は前提が間違っていると導き出される推論も間違いになる危険な思考法です。科学哲学のトレーニングを受けていないと演繹的推論という思考法の欠点に無自覚になります。

2012年「耳穴による不眠症治療の臨床研究発展」
耳穴治疗失眠症的临床研究进展
张晓蒙 申鹏飞 陈德友
《江西中医药》 2012年09期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-JXZY201209031.htm
※常用穴位有心、神门、交感、皮质下、脑干等。

耳穴、交感は西洋医学の交感神経を意味します。耳穴、皮質下は西洋医学の大脳皮質下を意味します。耳穴、脳幹は西洋医学の脳幹です。

不眠症に対して耳穴指圧や耳針は世界中で使われており、耳穴が使われる頻度の高い疾患だと思いますが、耳穴の治療理論を一度、総点検する必要があると感じています。

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