アルコール依存症の鍼

2019年9月5日イギリスの新聞『デイリーメール』
「脳のパスウェイを活性化することで鍼はアルコール依存症に有用であり、アルコール依存症を減らすと科学者は述べている」
Acupuncture could be used to treat alcohol dependency by activating brain pathways that are reduced in alcoholics, scientists claim


韓国・大邱韓醫大學校の研究者たちが2019年9月4日にオープンアクセスジャーナル『サイエンス・アドバンセズ(Science Advances)』に発表したものです。


2019年9月4日『サイエンス・アドバンセズ(Science Advances)』
「弓状核から側坐核へのエンドルフィン・インプットの活性化を通じて、鍼はアルコール依存症を弱める」
Acupuncture attenuates alcohol dependence through activation of endorphinergic input to the nucleus accumbens from the arcuate nucleus
Suchan Chang et al.
Science Advances 04 Sep 2019:
Vol. 5, no. 9, eaax1342
https://advances.sciencemag.org/content/5/9/eaax1342
(全文オープンアクセス)


弓状核とは脳の視床下部の小核で摂食行動と関連します。側坐核は前脳にある嗜癖や恐怖、報酬と関連する神経細胞で、ラットの頭部の側坐核に電極を刺してレバーを押せば電気刺激されるようにしたところ、摂食や飲水をせずにレバーを押し続けたことから快楽中枢と呼ばれます。

腹側被蓋野から側坐核に投射するドーパミン神経A10神経からのドーパミンが増えるのがモルヒネ、コカイン、アンフェタミン覚せい剤の「なにものにも代えがたい幸福感」の原因といわれています。これからは依存症の鍼の研究が増えると予測されるので、脳の勉強もしていかないといけない気がします。

大邱韓医大学校の研究者たちは、アルコール依存症ラットの手少陰心経の神門と合谷に鍼をしているのですが、この論文は論理的に苦しい気がします。

代替医療の批判者、エツァート・エルンスト教授は『デイリーメール』で辛辣な批判をしています。以下、デイリーメールより引用。

最初に、これは動物実験であり、われわれは動物実験の研究は人間の患者でしばしば再現不能なのを知っている。

次に、研究者たちは動物のどれが介入を受けるかを知っており、それは結果に影響したかもしれない。

第3に、韓国からの研究であるが、われわれはしばしばインデペンデント・レビューからアジア発の鍼研究はめったにネガティブな結果にならないことを知っている。これはわれわれが彼らの信頼性を疑う必要があることを意味する。

エルンスト教授の批判はごもっともです。それにしても、2019年9月4日にオープンアクセスジャーナルで公開され、9月5日には『デイリーメール』でエルンスト教授が批判していて、インターネット時代のスピードの速さに驚きます。エルンスト教授の代替医療への批判はEBMを学ぶのにもっとも良い勉強法でした。2016年に廃刊されましたが、エルンスト教授が編集長だった医学雑誌『FACT(Focus on Alternative and Complementary Therapies)』は勉強になりました。『医道の日本』に翻訳記事が載っていました。エルンスト教授のブログは代替医療のEBMを総合的に学ぶのに最適だと思います。

また、エルンスト教授は2019年7月29日に新刊の代替医療批判本を出版されています。読むのが楽しみです。

「代替医療:150の代替医療の方法の批判的評価」
Alternative Medicine: A Critical Assessment of 150 Modalities (English Edition)

鍼灸学校の学生さんなら、以下のエルンスト教授の本から読み始めるとよいと思います。

鍼治療の科学的根拠―欧米のEBM研究者による臨床評価
Edzard Ernst 医道の日本社 (2001/06)

代替医療解剖
エツァート エルンスト著 新潮文庫 (2013/8/28)

依存症の鍼の基礎研究や臨床試験についてはアップデートしていこうと思います。

アルコール依存症の鍼のシステマティックレビューは1,378人が参加した15のランダム化比較試験を含む規模で2016年に発表されました。

2016年12月15日のシステマティックレビュー
「アルコール依存を減少させる介入としての鍼:システマティックレビューとメタ・アナリシス」
Acupuncture as an intervention to reduce alcohol dependency: a systematic review and meta-analysis
Charlotte Southern,Hugh MacPherson et al.
Chinese Medicine201611:49
Published: 15 December 2016

以下、引用。

われわれの発見は「鍼がアルコール依存症への効果的な介入であるかもしれない」という最初の明白な証拠を提供するものである。これは2つのプライマリー・アナリシスで観察され、一つはアルコールへの渇望の減少と、もう一つは離脱症状の減少が見られて、顕著な効果のエビデンス証拠が観察された。

【結論】この研究はアルコールへの切望やアルコール離脱症候群を減らすことに鍼が有効であることを始めて示したものであり、イギリスの国家的ヘルスケアシステムにおいて紹介される付加的オプションとして考慮されるべきである。

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