更年期症候群の鬱証と胆欝と胆鬱痰擾と梅核気

「更年期女性の軽中程度のうつ症状の胆鬱痰擾証の調更解欝方という処方による治療の臨床観察」
调更解郁方治疗女性更年期轻中度抑郁症胆郁痰扰证临床疗效观察
唐贺利
《华北理工大学》 2017年
http://cdmd.cnki.com.cn/Article/CDMD-10081-1017741337.htm

上記の論文では、胆鬱痰擾(たんうつたんじょう)証と弁証された更年期女性のうつ症状を、柴胡などを配合した調更解欝方という漢方処方で治療したところ、ホットフラッシュや汗、不眠、うつ、めまい、疲労、動悸などの更年期症状が改善したというものです。

WHO-ICD11の臓腑弁証にもGallbladder depression with phlegm harassment pattern(胆鬱痰擾パターン)が存在します。日本漢方でも、更年期女性にツムラの竹茹温胆湯や加味温胆湯などの温胆湯エキス剤が使われています。

中国でも更年期症候群に温胆湯はよく使われるようです。去痰瀉熱の温胆湯は胆欝痰擾証の処方です。

2012年「温胆湯加減による更年期症候群の治療の臨床効果観察」
温胆汤加减治疗更年期综合征临床疗效观察
冀秀萍 马骋宇
《辽宁中医杂志》 2012年05期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-LNZY201205048.htm

『素問・霊蘭秘典論篇』に「胆は決断を主る」とあり、胆が精神機能をつかさどっており、抑うつ症との関連も論じられています。

「『胆は決断を主る』からの抑うつ症の論治」
从“胆主决断”论治抑郁症
李亚芹 瞿融
《中国中医基础医学杂志》 2018年06期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-ZYJC201806014.htm

初めて胆鬱痰擾を聞いた時は感動がありました。私の親族の精神症状そのままだったからです。強い風が夜に吹いて日本家屋が揺れると「泥棒が入ったんじゃないか?」など、ちょっとしたことに臆病で不安になり、いつも迷っていて決断ができません。ヒポコンデリー心気症があり、ちょっとした身体の不調を深刻な病気ではないかといつも大騒ぎしていました。クヨクヨし、よく眩暈を起こして、しょっちゅうため息をついていました。

WHO-ICD11の胆鬱痰擾パターン、胆鬱痰擾は以下です。

落ち着きのなさ、臆病、夢をよくみる、不眠、意気消沈し、胸の膨満感、ヒポコンデリーでクヨクヨし、しょっちゅう溜息をつき、めまい、口は苦く、痰が多く、悪心・嘔吐し、膩苔で弦脈。

胆欝痰擾証
症状:煩躁(いらいら)して精神不安定で、胆怯して怯え、驚きやすく、不眠で夢が多く、胸脇脹満してよくため息をつき、めまい、悪心・嘔吐があり、痰涎を吐き、白膩苔で脈診は弦脈・緩脈である。
症状:以烦躁不宁,胆怯易惊,失眠多梦,胸胁闷胀,善太息,晕眩,恶心呕吐,吐痰涎,苔白腻,脉弦缓
治法:理气化痰、和胃利胆
方药: 温胆湯

明代の徐春甫著、『古今医統大全』でも温胆湯を胆欝にすすめています。

胆欝のものは口苦く、からだは微かに潮熱が往来し、テキテキと恐れおののいて人に捕まえられるかのようである。胆欝を治療するには、竹茹、生姜、温胆湯の類が宜しい。

《古今医统大全》郁证门
http://www.zysj.com.cn/lilu…/gujinyitongdaquan/336-42-1.html

明代の孫一奎著、『赤水玄珠』 でも『古今医統大全』の胆欝とほぼ同じ記述があります。 柴胡と乾姜になっています。

《赤水玄珠》卷十一:“胆郁者,口苦,身微潮热往来,惕惕然如人将捕之。治宜柴胡、竹茹、干姜。”

清代、張璐著、『張氏医通』の鬱では、胆欝と梅核気を論じた素晴らしい論説があります。

鬱は津液がめぐらず、積をつくり、痰涎となる。胆は咽をもって使となす。胆は決断を主る。気が相火に属す。七情が不快にあえば、すなわち火鬱して発散できず、火鬱すれば、焔が不達となり、痰涎が胸中に聚結(しゅうけつ)する。ゆえに炙臠(しゃれん=梅核気)となる。千金方では胸満となるとしている。心下堅し、咽中に炙臠(=梅核気)があるかのようであり、吐こうとしても吐けず、飲み込もうとして飲み込めない。

《张氏医通》郁
http://www.zysj.com.cn/lilunshu…/zhangshiyitong/495-9-2.html

梅核気が胆欝や痰鬱、気欝と関係するという見解は、多くの臨床家が感じていることではないでしょうか。まさに 胆鬱痰擾です。

1997年「梅核気への針刺治療の臨床観察」
针刺治疗梅核气35例临床观察
李守昌 《中国针灸》 1997年09期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-ZGZE199709002.htm
※梅核気は鬱証の痰気欝結証に属する。

梅核気が鬱証の痰気欝結証であることは、 多くの中医学の臨床家の共通の見解ではあります。

歴史的には『霊枢・邪気蔵府病篇』に以下の記述があります。

《黄帝内经·灵枢》邪气藏府病形第四
http://www.zysj.com.cn/lilunshu…/huangdilingshu/101-3-4.html

胆病のものはよくため息をつき、口が苦く、宿汁を嘔吐し、心下はタンタンとして人に捕まるのを恐れ、ノドはカイカイとして詰まったようである。足少陽胆経に本末があり、また足少陽胆経に陥凹があれば、これを灸し、悪寒発熱があるものは陽陵泉を取る。

「胆病で嗌中吤吤然 」というのが胆病による梅核気の最初の記述と思われます。足少陽胆経の陥下に灸をするように書かれています。

『金匱要略』の半夏厚朴湯の中で婦人咽中如炙臠という表現があり、臠(れん)は切った肉で、炙臠(しゃれん)は焼いた切り肉が飲み込めそうで飲み込めないという意味であり、のちの梅核気となり、半夏厚朴湯が使われています。

「梅核」という表現が最初に使われたのは、1078年に宋政府が発刊した『太平恵民和剤局方』だそうです。

四七湯:喜・怒・悲・思・憂・恐・驚の気は結んで痰涎となり、くず綿(破絮)のごとく、梅核(梅の種)の如く、ノドから出そうとしても出ず、下そうとしても下らず、七気(七情)によって出来るものである。あるいは中脘が痞満となり、気がのびずに痰涎が塞がり、上気して喘急して痰飲が中焦に結び、嘔逆悪心するものは開してこれを服するが宜しい 。

《太平惠民和剂局方》治痰饮
http://www.zysj.com.cn/…/taipinghuiminhejijuf…/635-7-1.html…

まさに七情と鬱証と梅核気についての表現です。

梅核気は宋代の『仁斉直指方論』に初出しているようです。

《仁斋直指方论》诸气(附梅核气、积聚、症瘕、痞块)
http://www.zysj.com.cn/li…/renzhaizhizhifanglun/740-9-1.html

人に七情があり、病は七気から生じる。

七気とは、寒・熱・怒・恚(い=恨み)・喜・憂・愁(秋の心=悲しみと憂い)であり、あるいは怒喜思悲驚恐はみな病を起こす。

それなら、気を調えるならまさにどうすればよいのか。気が結ぼれたら痰をしょうじて、痰が盛んなら気が結ぼれる、ゆえに調気にはまず豁痰し、七気湯は半夏をもって主として補佐は桂枝であり、良い方法である。

冷やせば気滞となり、調気に豁痰を用いても温中の剤である桂枝などで温中しなければ治療できない。

七気に関係しなくても痰涎が凝結し、糸くずや膜のようになり、梅のタネが咽喉に間に詰まったようになり、吐き出そうとしても吐き出せず、飲み込もうとしても飲み込めず、お腹がはって食べることができなくなり、上気して喘息となる。

これは気膈、気滞、気秘、気中といわれ、五積や六聚という積聚となり、疝、癖、瘕となり、心腹はかたまり痛み、発すれば絶えんと欲し、ほとんどいかないところや至らないところはない。

七情と鬱証と梅核気、積、聚、疝、癖、瘕 はからみあっています。

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