【BOOK】『疾駆する草原の征服者ー遼・西夏・金・元』

 
 
杉山正明著
講談社学術文庫
2021年2月9日
 
 
出版されたばかりです。著者はモンゴル時代史の第一人者である杉山正明先生で、表紙はチンギス・ハン、宋代の歴史の続きという事で読み始めましたが驚愕しました。408ページの本で、モンゴルとチンギス・ハンが登場するのは306ページ目です。なんと、4分の3がモンゴル登場の前史です。視点が新鮮過ぎます。
 
 
唐代の楊貴妃のエピソードで知られる安録山がテュルク系(トルコ系)で、テュルク語など9カ国語を操ったエピソードから始まります。唐代の突厥(とっけつ=テュルク)が唐よりも広大な大帝国であったことで、まず目からウロコが落ちます。
 
唐より以前の魏晋南北朝からトルコ系鮮卑系の拓跋氏が北魏を建国し、隋も唐も拓跋氏系が建国したというのは、本当に驚きました。確かに漢民族ではなく、トルコ系なのです。これは漢民族の中華目線と全く異なるトルキスタン目線の歴史の視点なのです。
 
 
次いて契丹などのキタイ帝国と唐末五代、五代十国の歴史が続きます。ロシア語でкитай(キターイ)は中国の意味ですが、これは遼(=キタイ)王朝を創った契丹が語源だそうです。耶律阿保機(やりつあぼき)がキタイ帝国、遼を建国しました。今までの中国歴史本で、ここまで唐末五代を詳しく描いた一般向けの史書はなかったと思います。
 
 
さらにウイグルやキタイ(遼)、西夏の歴史を描きながら、女真族の完顔阿骨打(かんやんあぐだ)の建国した金の歴史が描かれます。そして遼や西夏、金の視点から北宋が描かれます。これは新しいです。
 
金元四大家を調べた際に痛感したのは、金代の文化史に関する資料が少な過ぎることです。しかし、金代こそ金元医学革命が起こり、道教史でも全真教ができ、決定的に重要な時期なのです。全真教の馬丹陽は「馬丹陽天星十二穴」で『鍼灸大成』にも収録されています。
 
そして金の文化的後継者としてのモンゴル、大元ウルスのフビライ・ハンの治世を描きます。フビライ・ハン時代の大元ウルスの見方が全く変わります。中国視点の元朝の歴史がいかに偏った視点であったかが痛烈に批判されています。
 
フビライ・ハンはチベット仏教のパスパに中国とチベットの仏教世界を管理させ、中国仏教は嵩山少林寺に管理させました。パスパのチベット仏教は性的ヨーガ密教ですし、嵩山少林寺は禅です。日本の南北朝時代の後醍醐天皇は真言立川流の性的密教を重視し、室町時代の京都は禅仏教が流行するのはモンゴルの影響です。さらに朱子学は官学となり、モンゴル統治下の大元ウルスで朱子学は普及します。
 
フビライ・ハン逝去後の大元ウルスは仏教とシャーマニズムの隆盛の後、イスラム化していきます。さらに大元ウルス、キプチャク汗国からモスクワ大公国、のちのロシアが産まれます。
 
日本人は唐代の遣唐使の頃のイメージで中国史が止まっていることが多く(私がそうでした)、宋代は江戸時代の朱子学の色メガネで捉え、その後の遼・金・元の異民族が中国を支配してから全く理解出来なくなります。
 
しかし、日本の室町時代の文化はモンゴル由来の禅仏教や朱子学ですし、医学も漢方はモンゴル時代の李朱医学、鍼灸は滑寿先生の『十四経発揮』と『難経本義』です。モンゴル時代の理解は不可欠です。中国史をユーラシアの視点から捉えなおした画期的な本だと思います。
 
 
 

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