鍼とfMRI研究の計量書誌学

2021年1月20日
「鍼のfMRIの研究のグローバル・トレンド:計量書誌学分析」
Global Trends and Performances of Magnetic Resonance Imaging Studies on Acupuncture: A Bibliometric Analysis
Jinhuan Zhang et al.
Front Neurosci. 2020; 14: 620555.
Published online 2021 Jan 20. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7854454/

1980年代から1990年代の世界の鍼研究は、鍼麻酔研究の余波でエンドルフィン・オピオイドによる鎮痛システムの研究が中心でした。1990年代途中からfMRIを用いた鍼研究が盛んになってきました。いまでも覚えているのは、雑誌『ニューズウィーク』に韓国人fMRI研究者である趙長熙先生が「最新fMRIを使って経穴の特異性を発見した」という記事です。

1998年「鍼のツボとfMRIを用いた脳の関連の新発見」
New findings of the correlation between acupoints and corresponding brain cortices using functional MRI
Z H Cho et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 1998 Mar 3;95(5):2670-3.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC19456/

この1998年論文は後に撤回されますが、カルフォルニア大学アーヴァイン校の趙長熙先生のfMRI研究による「真の鍼と偽の鍼は帯状回で判別できる」という情報は、2001年にリチャード・ニムツォウに伝えられ、新しい耳鍼である戦場鍼を産みました。

さらに同時期の1998年からハーバード大学のカスリーン・フイ先生がfMRIを開始しました。2000年代からはカスリーン・フイ先生とヴィタリー・ナパドウ先生が鍼の得気状態をfMRIで観察しました。鍼のfMRI研究には20年以上の歴史があります。

2001年にデフォルト・モード・ネットワークが発見されます。デフォルト・モード・ネットワークはアクティブな活動中には鎮静化しており、休息時に活発に興奮するという神経細胞群で、2001年に発見されたので21世紀最初の脳科学の発見と言われました。とりとめのない内省的な思考をする際に後部帯状回などのDMNの活動が活性化します。

2007年から2009年にカスリーン・フイ先生とヴィタリー・ナパドウ先生によって、鍼を得気した状態の脳ではデフォルト・モード・ネットワークが活性化することが発見されます。

2007年「鍼の得気の特徴化」
Characterization of the “deqi” response in acupuncture.
Hui KK, Napadow V, et al.
BMC Complement Altern Med. 2007 Oct 31;7:33.
https://bmccomplementmedtherapies.biomedcentral.com/…/1472-…

2009年「鍼は、脳のデフォルト・モード・ネットワークを調節する」
Acupuncture mobilizes the brain’s default mode and its anti-correlated network in healthy subjects.
Hui KK, Napadow V, et al.
Brain Res. 2009 Sep 1;1287:84-103.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2440647/

この時期で最も興味深いのは真鍼と偽鍼(プラセボ鍼)の差異をfMRIで観察したテッド・カプチュク先生の研究でした。

2009年「期待と治療の相互作用:鍼治療の鎮痛と期待によって引き起こされるプラセボ鎮痛との間の解離」
Expectancy and treatment interactions: A dissociation between acupuncture analgesia and expectancy evoked placebo analgesiaJian Kong, Ted J Kaptchuk, et al.Neuroimage. 2009 Apr 15; 45(3): 940–949.http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2737445/

テッド・カプチュク先生は1946年生まれ、1968年に文系の東アジア研究でコロンビア大学を卒業したのが22歳、それから中国に渡り、1975年に29歳でマカオ中医学院を卒業しました。典型的なヒッピーの経歴です。1976年にアメリカに帰って、ハーバード大学の近くで鍼灸院を開業し、鍼灸の臨床をしているうちに疑問をもって研究しだして、1998年にはハーバード大学准教授となり、2013年にハーバード大学医学部の正教授となりました。1999年から2010年までNCCAM(アメリカ国立補完代替医療センター)のメンバーで、2001年から2005年はFDA(アメリカ食品医薬品局)のエクスパート・パネリストでした。博士号も医師免許ももっていない単なる鍼灸師であり、実力だけのハーバード大学医学部教授です。

以下、引用。

爆発的に増えているキーワードは、勃興しつつあるトレンドやフロンティア・トピックスを導き出す。鍼のfMRI研究におけるキーワード・バーストは「コネクティヴィティ(接続性)」「fMRI」「モデュレーション(調節)」「デフォルト・モード・ネットワーク」だった。近年、研究者たちは単独の脳エリアではなく、脳の各部位の関連(ネットワーク)と鍼のメカニズムの関係により焦点をあてている。

2018年の鍼による神経システムの可塑性調節のレビューでは、鍼のニューロトロフィン神経栄養因子とニューロトランスミッター神経伝達物質の効果と、鍼による神経可塑性の調節の関連が示唆されている。

デフォルト・モード・ネットワークは安静時に活性化する機能性ネットワークである。デフォルト・モード・ネットワークの脳エリアは鍼に反応するエリアと広範囲に重なっており、研究者たちはデフォルト・モード・ネットワーク調節が鍼の機序であるという仮説をたてている。臨床研究は鍼がデフォルト・モード・ネットワークを調節することが疼痛、うつ病、アルツハイマー病の治療と関連していることを観察している。

 1998年からハーバード大学のカスリーン・フイ先生が鍼のfMRI研究を開始しました。 2007年から2009年にハーバード大学のカスリーン・フイ先生とヴィタリー・ナパドウ先生によって、鍼を得気した状態の脳ではデフォルト・モード・ネットワークが活性化することが発見されます。
 
2010年代からハーバード大学のテッド・カプチュク先生のプラセボ鍼研究が注目されます。2021年現在の注目は、ハーバード大学のジアン・コン准教授による真鍼と偽鍼の違いのfMRIによる観察の研究と神経可塑性の研究だと思われます。

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