禅病

2010年「『摩訶止観』の十二病説について―中国医学から読み解く―」
渡邊 幸江
『印度學佛教學研究』2010 年 59 巻 1 号 p. 481-477
https://www.jstage.jst.go.jp/…/59_KJ000071153…/_pdf/-char/ja

上記は珍しい禅病の論文です。セミナー参加者の2人の先生から、明らかに禅病と思われる症例の相談がありました。以上の論文には相談していただいた症例にそっくりな部分もあります。「気が落ちない」のは一つの特徴です。


『摩訶止観』は西暦594年に中国、荊州(現代の湖北省)、仏教の天台宗の開祖、天台智顗によって書かれました。天台宗では「止観」があり、「止」は「静かな澄み切った心の状態」であり、これが深まると「三昧(=定)」を経て「禅定」に至ります。これを観察することを「観(ものごとをありのままに観察する)」といいます。

この論文では、禅病を以下の12種類に分類しています。

1.上気(=気逆)
2.胸満
3.両脇痛
4.背膂痛(=背骨の痛み)
5.肩井痛(=肩井の痛み)」
6.心熱懊(=心中に熱がこもり、もだえること)
7.痛煩不能食(=胸部の痛みと悶えと食べることができない)
8.心瘇(しんしょう=精神状態が過度となる)
9.臍下冷
10.上熱下寒
11.陰陽不和
12.気嗽(きそう )

上記の論文の表現は、中国伝統医学・鍼灸を学んできた方には容易に理解できると思います。

日本の禅宗でも、大昔から瞑想中に魔境、禅病があると認識していました。チベット仏教でもニヤムスと呼ばれる 体の痛みや感情障害や幻覚をともなう瞑想の副作用が知られています。西洋世界でも現在、クンダリニ症候群という英語があります。中国の気功でも偏差や走火入魔と言われる状態を認識しています。

以下の文献『中国気功学』では、偏差、走火、入魔などの状態を分析し、ツボを使った対処法が明記されています。基本的には経穴を叩いて詰まった経絡を通します。

『中国気功学』 東洋学術出版社 (1990/03)
http://amzn.asia/fXJDSyb

中国仏教・天台宗では禅病の予防と治療に自己按摩をしていました。以下の研究は中国仏典における禅病予防のための自己按摩の記述を集めています。

「天台止観の身体観について–とくに自按摩を中心として」
影山 教俊『現代宗教研究』40号、224~242、2003年
http://genshu.nichiren.or.jp/genshu-web-tools/media.php…

隋代に書かれた中国仏典『禅病を治療するための秘密の方法』という文献には、治療法として按摩と明記されています。

中国・天台宗の開祖、隋代の高僧、天台智顗は『天台小止観』などの文献において、瞑想前に自己按摩することと、さらに禅病に対して丹田に意識を置くことを述べています。

『仏教と医学 : 「丹田」考 (袴谷憲昭教授退任記念號)』
渡辺 幸江
『駒沢大学仏教学部論集』 -(42), 306-290, 2011-10
http://repo.komazawa-u.ac.jp/…/32659/rbb042-17-watanabesach…

以下、2011年『丹田考』より引用。

師匠が言うには、上気してのぼせ、胸満し、脇痛して、背中が痙攣し肩井が痛む。胸中が熱で悶々として痛み、食べることができず、胃がはって臍下が冷たく、上熱下寒し、陰陽不和となり、シワブキする。この十二の病はみな丹田で止まり、丹田は臍下二寸半である。

この隋代の高僧、天台智顗の方法論をそのまま日本の江戸時代中期の高僧、白隠が「軟酥の法」という禅病の治療法に用いています。

以下は白隠『夜船閑話』より引用。

前賢曰く、丹は丹田なり。心勞煩わんとする則(とき)は虚して心熱す。心虚する則は是れを補するに心を下して腎に交ふ、是れを補といふ。

若し心炎意火を收めて丹田及び足心の間におかば、胸膈自然に淸凉にして一點の計較思想なく、一滴の識浪情波なけん、是れ真観清浄観なり、云ふ事なかれ。

佛の言く、心を足心にをさめて能く百一の病を治すと。阿含に酥を用ゆるの法あり、心の疲労を救ふ事尤も妙なり。天台の摩訶止觀に、病因を論ずる事甚だ盡せり、治法を説く事も亦甚だ精密なり、十二種の息あり、よく衆病を治す、臍輪を縁して豆子を見るの法あり、其の大意、心火を降下して丹田及び足心に收むるを以て至要とす、但病を治するのみにあらず、大に禅観を助く。

この禅病は中国伝統医学の心腎不交なので、臍輪(ヘソのチャクラ)の丹田や足心の湧泉に引火帰元して降気・降火して治療します。中国伝統医学を勉強してきた鍼灸師にとっては手に取るように理解できます。

日本語では、1911年に浅野斧山が著した『禅病論』がありますが入手困難です。以下の論文では禅病、魔境が研究されています。

『禅病 : 『首楞厳經』に見る五蘊 (池田魯參教授退任記念號)』
渡邊 幸江
駒沢大学仏教学部論集 (43), 366-350, 2012-10
https://ci.nii.ac.jp/naid/120006617720/

2018年には気功の安全性に関するシステマティックレビューが発表されています。

2018年「気功の安全性:システマティックレビューのオーバービューのためのプロトコル」
Safety of Qigong: Protocol for an overview of systematic reviews
Medicine: November 2018 – Volume 97 – Issue 44 – p e13042
doi: 10.1097/MD.0000000000013042
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6221731/

以下、引用。

気功、および関連した気功治療では、ふつうは気功の専門家によって行われる。しかしながら、インターベンションの種類によっては危険性がないとは言えない。有害事象として頭の膨張感、動機、呼吸促迫、心気症、筋肉のこわばりや痛み、会陰や肛門から気が漏れる感覚、気の障害により絶え間なく体や四肢の動く現象、神経衰弱、感情障害、幻覚、パラノイアが文献で報告されている。気功および関連した気功治療では精神病、特に深刻な統合失調症、躁うつ病、強迫性障害といった精神病患者では偏差と呼ばれる望ましくない有害反応があらわれる。 

精神病でない人々とは反対に、人格障害や奇行、非合理思考の人々は気功および関連療法に適しておらず、気功偏差を引き起こす引き金である。

個人的考えでは、気功を実践する際には気功によって起こる有害事象、およびその治療法、有害事象を起こすハイリスク・グループに関する科学的知識は絶対に必要です。精神病の既往歴のある方、人格障害の方などは、気功をすると偏差や入魔が起こる可能性があります。

练功偏差
https://www.wiki8.com/liangongpiancha_119437/

入魔
https://www.wiki8.com/rumo_9686/
https://www.jstage.jst.go.jp/…/59_KJ00007…/_article/-char/ja

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