心身症としての慢性疼痛

心身症診断・治療ガイドライン〈2006〉』の「心身症としての慢性疼痛の診断ガイドライン」です。

 

精神医学におけるDSM4の「疼痛性障害」は2013年のDSM5で「身体症状症」と病名が変わりました。

慢性疼痛患者はMMPIミネソタ多面人格目録検査で第一尺度心気症、第二尺度抑うつ、第三尺度ヒステリーが上昇するという1973年のスターンバッハによる報告があります。

1973年「疼痛患者の性格」
Traits of Pain Patients: The Low-Back “Loser”
R A Sternbach et al.
Psychosomatics. Jul-Aug 1973.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/4153154/

「心身症としての慢性疼痛の診断ガイドライン」でも「気分障害や不安障害が疼痛に先行あるいは同時発症したり、その結果として発症する場合もある」と定義されています。「気分障害」には鬱や躁鬱が含まれます。

さらに除外項目として「虚偽性障害」「詐病」「妄想性障害」が挙げられています。典型的なのは「交通事故事故後のむちうち損傷」であり、虚偽性障害であるミュンヒハウゼン症候群のや詐病、妄想性障害は慢性疼痛とは異なる概念なので、疼痛を扱う臨床家は知っておいた方が良いです。

慢性疼痛では大脳皮質の前帯状皮質や島皮質などが関わっており、鍼灸はまさにこれらの脳の部分に働きかけるために慢性疼痛に効果があります。しかし、上記のミュンヒハウゼン症候群や詐病、妄想性障害にはもちろん効果がありません。

心身医学的には、
(1)疼痛制御感
(2)自己効力感
(3)恐怖回避感
(4)コーピングについての形式と戦略
を分析し、破滅的思考をアクティブ・コーピングに変えます。これは全くその通りで、私もストレッチや運動指導や自己按摩など、出来るだけ患者さんに適したセルフケアを紹介します。

心身症診断・治療ガイドライン〈2006〉』は「慢性疼痛」の記述がもっとも面白いです。「良好な患者ー治療者関係を構築する」「患者が痛みを抱えてなんとかやってきたことをねぎらい、どのように工夫してきたかについての患者自身に説明してもらう」「苦痛に対する受容、共感、支持を実行する」などは勉強になります。

「医療スタッフへの過度に依存的な態度、それらが得られない時の攻撃的な言動は医療現場に混乱を招き、治療の防げになる」「臨時の処置は感情を交えずに迅速に行い、患者の行動を助長しないようにする」「疼痛行動に対して治療者が怒りや不快感をあからさまにすると、患者が問題を医療者の問題に転換して疼痛行動の維持に利用されてしまうので慎むべきである」という部分は読んでいて感心すると同時に苦笑・共感しました。著者がどんな経験をしたか、容易に想像できます。

「治療目的としては完全に痛みを取ることではなく(短期間ではほとんど無理なことが多い)、患者が活発な日常生活を送り、役割活動が改善し、必要以上の医療依存が減ることを目指した方が良い」という部分も臨床家には納得できるものです。

「どこも悪くない。精神的なものだ、という説明は避ける」「患者が心理的要因を認めないとしないことも慢性疼痛の特徴の一つである」「患者のほうからそれを望むか納得のうえでなければ、心身医学や精神医学の専門家に紹介することは逆効果となる」などは、まさに経験を積んだ人にはわかる「べからず集」です。

個人的に思うのは、鍼灸師として経験を積んでいくと、必ず慢性疼痛患者の問題に突き当たります。うまく乗り越えた人は臨床家として長続きしますが、この壁を乗り越えられない方も多いのではないでしょうか。経験を積んだ先輩などのアドバイスがあれば乗り越えやすいですが、問題がセンシティブ過ぎて、初心者向けの教科書には書けない、口伝の部分だらけだからです。

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