【BOOK】吉永進一『神智学と仏教』

 
 
吉永進一『神智学と仏教』法蔵館  2021年7月25日
 
レイキを創った臼井甕男さんは、1922年に鞍馬山にこもって断食をして「臼井霊気療法」を創りました。
 
海軍大佐だった林忠次郎からハワイの高田ハワヨさんに伝わり、「レイキ」として世界に普及され、1980年代後半に日本に逆輸入されました。
 
鞍馬山では毎年5月にウエサク祭が行われ、数百年前に金星から鞍馬山に降りたった大光明、サナト・クマラ魔王尊がまつられ、スピリチュアル・スポット、スピリチュアル・イベントとなっています。
 
 
鞍馬山の鞍馬寺はかつては天台宗でしたが、神智学の影響を受けた鞍馬寺貫主・信楽香雲が1947年に新宗教、鞍馬弘教を創りました。神智学のヘレナ・ブラヴァッキーが提唱したサナト・クマラが転じてクラマ(鞍馬)となったというのです。
 
 
レイキの調査をしていたとき、この鞍馬弘教という仏教プラス神智学の存在について不思議に思いました。
 
吉永進一先生の新著『神智学と仏教』には鞍馬弘教については一行も書かれていませんが、まさに仏教と神智学についてのミッシング・リンクを埋めてくれます。
 
また、日本の仏教という伝統文化が明治維新以降にたどってきた道は、まさに日本伝統医学の軌跡と重なる部分があります。
 
 
ずっと神仏習合できた日本仏教は、明治維新政府の神道国教化の政策により、廃仏毀釈運動が起こりました。薩摩藩では1,616のすべての仏教の寺が廃寺され、2,964人の僧侶全員が還俗させられました。日本仏教は日本漢方や日本鍼灸と同じく存続の危機を迎えていました。
 
 
そこで日本伝統仏教の思索期、試行錯誤期がはじまります。
 
1886年(明治19年)には神智学のオルコットの『仏教問答』が西本願寺の幹部によって翻訳されます。
 
1887年から1889年は、日本で欧米仏教ブームが起こりました。1888年にはオルコットが訪日します。
 
1893年にはシカゴ万博でインドのヴィヴェーカナンダと日本の平井金三の演説があり、ここでヨーガや仏教が注目されました。
 
当時は、南条文雄がドイツのマックス・ミューラーのもとに留学して、サンスクリット語と仏教研究を行っていました。ドイツに仏教・インド哲学研究を学ぶのが当たり前の時代でした。そのマックス・ミューラーがオルコットと神智学を批判して、日本における神智学系仏教は大打撃を受けます。
 
しかし、当時の欧米の仏教研究は「スリランカに伝わった上座部仏教や原始仏教こそが仏教の本来的な姿であり、中国や日本の大乗仏教は仏教の堕落した姿であり、仏教ではない」という立場でした。マックス・ミューラーのアーリア人至上主義は、のちのナチス・ドイツにも影響を与えました。
 
神智学に影響を受けた鈴木大拙など、現代日本の仏教は、実は再構成されたものであることが分かる名著だと思いました。
 
 
現代インドのヨーガが実は伝統ヨーガとは似ても似つかない、近代以降に再構成されたものであるのと同じなのです。これこそが伝統文化の落とし穴なのです。
 
 
神智学の現代への代替補完医療への影響として、現代ヨーガのチャクラ学説があります。
 
イギリス・インド帝国の貴族作家アーサー・アヴァロンが1919年に『サーペント・パワー 蛇の力』でチャクラを紹介し、インドの神智学のブラヴァツキー夫人やチャールズ・リードビーターが再解釈しました。
 
特に、1927年にリードビーターが書いた『チャクラ』という本は現代社会に多大な影響を及ぼし、現代のスピリチュアルな7つのチャクラとなりました。
 
 
C.W.リードビーター
平河出版社 (1978/11/25)

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