【BOOK】『習得への情熱』

ジョッシュ・ウェイツキン
みすず書房2015年8月17日
 
 
著者のジョシュア・ウェイツキンさんは、11歳でチェス・チャンピオンのカスパロフと引き分け、16歳でインターナショナル・チェス・マスターになった神童で、そのチェスの神童っぷりは、1993年の映画『ボビー・フィッシャーを探して(Searching for Bobby Fischer)』として映画化されました。
 
 
ボビー・フィッシャーを探して [DVD]

 

 
 
16歳でチェスの世界で最高位のマスターになった ウェイツキンさんは、1998年から太極拳を習い始め、2年で全米チャンピオンとなり、2004年に台湾での太極拳世界大会で2部門の推手競技で同時優勝して太極拳世界チャンピオンとなり、世界を驚愕させます。ウェイツキンさんは結局、アメリカ太極拳・全米選手権で13回優勝しました。
 
 
邦題の『習得への情熱 チェスから武術へ――上達するための、僕の意識的学習法』 は、内容をそのまま表現しています。これは原題どおり『学習の技術(The Art of Learning)』についての本です。
 
上達し続けるためには、いったん自分のスタイルを解体し、不安定で無防備な「成長するための時期」を過ごさなければなりません。
 
ほとんどの学習のつまづきは、自分がもっている思い込みやこだわりを捨てられないために起こります。いったん自分のスタイルを解体し、新しいスタイルを初心者として学び、さらに再統合する過程で成長・学習が起こります。
 
ここに書かれていることは、身体的な技術を上達させていく上で、潜在意識のレベルで起こっていることをいったん意識化・分析して、さらに反復練習によって潜在意識化・身体化して忘れる(自然にからだが動く)過程を描いています。
 
これはチェスという頭脳スポーツと太極拳という身体スポーツの両方で達人になった著者だからこそ、無意識・潜在意識のレベルで起こっていることを文章化できたのだと思います。
 
 
一例を挙げると、著者のウェイツキンさんは台湾で世界チャンピオンに敗北したあと、台湾のチャンピオンたちの太極拳の技術をビデオで徹底的に分析しました。
 
そして、自分と同レベルのアメリカ人のライバルと、毎週、激しい試合を何時間も行います。何十回も試合を重ねるなかで、自分でも気づかないうちに、まったく新しい技が出ます。直観とインスピレーションから繰り出された新ワザをビデオで確認し、ライバルとともにディスカッションしながら分析し、2人で分析しながら練習して、一緒にその新技を再現できるまで反復練習します。そして次の週には、新技の対抗策を考案したうえで再試合を行い、このプロセスを繰り返しました。
この新技の分析→その対抗策の新技→さらに対抗策の新技というプロセスを延々と反復していくうちに、猛スピードで上達していきます。
 
 
これは一例であり、反復練習で無意識化・潜在意識化したものを、さらに意識化・言語化して分析し、さらにそれを忘れ(無意識化・潜在意識化する)、さらに意識と無意識を統合していくというプロセスを、この著者は無限に繰り返して学習していくのです。
 
 
面白いのは「自然体」に関する考察です。ムカデが1本1本の足を意識したら歩けなくなるという逸話のような学習プロセスです。できるようになるためには、リラックスして自然にしないといけないし、意識してしまうとそれは失われます。いったん学んで、しかも忘れることが重要なのです。
 
 
また、著者は「チェスを人に教える」ことで、自分が無意識にやっていたことを言語化していきます。そして、教えるために言語化することでそのプロセスを分析し、効率化し、自分の技術に反映させていきます。
 
実は、技術はできる人は無意識にできますが、それを言語化することは至難です。しかし、言語化して整理することが、新しい技術的局面をひらくことも多いのです。
 
将棋の羽生善治さんもそうですが、チェスのマスター・クラスは情報整理の達人であり、局面の情報を整理しているため、余分な部分を省略して深く読めるそうです。ヨミの省略こそが、多く手を読むことよりも重要なのは将棋と同じでした。
 
 
また、名人やマスター・クラスになるための心の状態のつくり方について、これほど深く書いた本も珍しいと思います。
 
ロシアのチェスのジュニア選手たちは、チェス対局中に足を蹴ってくるし、某国の太極拳選手たちは、ありとあらゆる汚い暴力的な反則を仕掛けてきて、審判も反則選手の味方をします。
 
それに対して、ジョシュアさんは自分が1番嫌いなヘビメタ音楽を大音量でかけながらチェスのトレーニングをします。嫌なことに集中力や心を乱されないためのトレーニングです。
 
 
さらにアメリカで最もダーティーで暴力的な反則選手と毎日スパーリングを繰り返します。相手が最悪の反則を仕掛けたくるという前提で、最終的にその汚い手口全てに対応できるように自分を鍛え上げでいくプロセスは圧巻です。
この本はメンタル・タフネス本の中でもひときわ面白いです!
 
 
 

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