野生の思考とアイスマン、エッツィー

 
 
2021年9月30日『ナショナルジオグラフィック』
 
 
以下、引用。
 
彼の体には61の入れ墨があったが、それは損傷がある骨と関節の位置を示していた(現在のはり治療のツボとも一致している)。
 
 
シベリアのアルタイ共和国、バジリクのミイラの入れ墨も、おそらく灸治療の痕跡だそうです。
 
 
以下、引用。
 
最も重要な遺留品のひとつが、見事な銅製の斧だ。イチイの柄に牛皮とシラカバの樹脂で固定された刃は、純度99.7%の銅から鋳造されたものだ。当時としては非常に貴重な道具であり、この発見によってヨーロッパの銅器時代の始まりが1000年もさかのぼることになった。
 
 
5000年前のエッツィーは純銅のオノを持っていました!
フイゴを使って銅の融点である1085°まで加熱して、鋳型に流し込む技術が必要になります。8750年前のイラクの遺跡から銅のペンダントが出土していますが、今のわたしにはつくれません。
 
 
イチイの柄ですが、北海道のアイヌは弓矢の素材としてイチイを使います。
 
エッツィーは12本のイチイ製弓矢も持っていました。ヨーロッパでは、17世紀まで弓矢の材質はイチイの木でした。
 
小型のナイフはトネリコの柄にフリントの刃です。フリントは火打ち石の素材であり、非常に硬く、石器時代の磨製石器です。
 
さらに、火打ち石の黄鉄鉱や炭も見つかっています。
 
シカのツノで出来た縫い物用の針と、動物のアキレス腱で出来た糸も持ち、皮製の上着を縫製していました。皮をなめす技術も持っていました。最古の靴も子牛の皮です。縄で編んだマントも着ていました。
 
おそらく薬草として用いたキノコとハーブも携帯していました。
 
まさに野生の知識人です。ありとあらゆる道具を、あり合わせの寄せ集めから役に立つものとして利用するブリコラージュの達人です。
 
アイスマン、エッツィーの遺物からいろいろなことがわかり、感動します。
 
 
 

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