【BOOK】中医臨床 通巻172号(Vol.44 No.1)

2023年3月20日 発行の 『中医臨床』です。
 
中医臨床 通巻172号(Vol.44 No.1)
【特集】コモンディジーズの中医治療―咳―
 
 
昨年は鍼灸臨床で咳の患者さんをたくさん診た印象があります。
最近、うれしかったのは、肺MAC症で慢性咳嗽のための不眠がある患者さんを半年ほど治療し、咳が止まり、不眠も無くなり「お医者さんでCT画像撮影したら、肺の病変部分が素人目にもわかるぐらい消えて、お医者さんが不思議がっていました」と言われたことです。
 
ちょうど 『中医臨床』でも、34ページから鈴木雅雄の肺MAC症の鍼灸治療の症例が載っており、改善が書かれていました。血痰があり、わたしが診た症例よりもはるかに重症なので、参考になります。
 
 
「鍼灸治療/成人における遷延性・慢性咳嗽の治療に鍼灸が果たせる役割」
鈴木雅雄(福島県立医科大学会津医療センター)
『中医臨床』VOL.44 No.1.34-39p 2023年3月
 
 
良い記事が多いですが、もっとも感銘を受けたのは、152ページの井之上匠編集長の編集後記です!
 
以下、引用。
 
実際に知人の中国人も12月に高齢の母親を亡くしています。この知人と話すなかで、中国の総合病院では中医学はまったく導入されていなかったことを知りました。中国では感染拡大の早期から国のコロナ治療指針に中医学が組み入れられ、本誌(『中医臨床』)でも、それを度々報道してきましたが、これはいったいどうしたことでしょう。
 
これを裏付けるように今年1月『中国中医薬報』(2023.1.16)において『综合医院重症救治,中医药参与为何难(総合病院における重症患者の治療で中医の参加が難しいのはなぜか)』と題した文章が掲載されました。記事を執筆したのは同新聞社の社長兼総編集者で、いわば社説に値する文章です。
 
「確かに当初、武漢においては重症者の治療において中医と西医が共同で治療にあたって実際に成果をあげた。しかし、いま中西医共同の治療体制は影を潜めている。その要因は、中国の現行の医療体制では中医と西医が分割されており、中医病院や一般病院内に設置されている中医科を除いて、医療は西医主導になっているからだ」といいます。そして「武漢で中西医共同の治療体制が実現できたのは戦時体制であったからで、現行の医学教育の中で育成される医師は中医を理解しておらず、なかには中医は科学的でないとして排斥するものも少なくないことが根本的な原因だ」と指摘しています。
 
こうした問題はすでに何年も前から指摘されており、中医課目を必修にしたり、西医が中医を学ぶことを奨励するなどの対策が取られていますが、西医と中医の間にたちはだかる壁を取り払うことは容易でないようです。
 
西洋医学主体のわが国においても似たような状況はみられますが、西洋医である医師が漢方を処方する日本のほうがむしろ実質的な中西医結合が進んでいるのではないかとさえ感じます。
 
 
この『中医臨床』の井之上匠編集長・社長の編集後記は、日本のジャーナリズムにおけるインテリジェンスの凄みをあらわしていると思います。
 
わたしは「入手できるオープンアクセス情報をつきあわせる」というOSINT(オープン・ソース・インテリジェンス分析)の手法で東洋医学全般を分析しています。
 
わたしが20代の頃からずっと感動させられているのは、日本や西側世界における民間の中国事情通の知識人のインテリジェンス能力の高さです。
 
共産中国はずっと鎖国状態でしたが、文化大革命の頃は文学雑誌の文学論争の論調の変化を通じて、中国政府の政治権力闘争を推測するということが行われ、しかも、その分析があとで正しかったと分かるということが沢山あったのです。
 
「行間を読む」のが「インテリジェンス」の語源であり、不確定であいまいな情報から推測するのがインテリジェンスです。文学研究の論争から政治闘争を推測した中国通知識人たちは、まさにインテリジェンスの達人であり、20代のわたしは感動しました。中国学分野の知識人は、民間でもインテリジェンスの達人が多く、その知性には常に凄みを感じます。
 
 
これはアメリカでも同じで、アメリカで中国学を学ぶ学者たちは、1972年まで中国に直接いけなかったので、ハーバード大学社会学教授であったエズラ・ヴォーゲルのように、日本に留学して日本の文献を使って中国研究をしているうちに、1979年に日本研究書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書きました。
 

 
しかしエズラ・ヴォーゲルはもともと中国学者であり、1993-1995はCIA東アジア担当分析官をしています。
 
日本文化を研究したルース・べネディクトの『菊と刀』もアメリカのOSS(CIAの前身)に提出された軍事研究がもとです。人文科学・社会科学がとても有用な学問です。
 
 
 
 
 
 
2023年1月16日『中国中医薬報』
「総合病院における重症患者の治療で中医の参加が難しいのはなぜか」
综合医院重症救治,中医药参与为何难
 
 
以下、引用。
 
現在の医療制度が漢方医学と西洋医学の 2 つの力を 2 つに分けていることが原因である。現在の医療体制は、病院の種類によって総合病院、専門病院、中医病院に分けられており、中医学の強みは主に中医病院にあり、西洋医学の強みは総合病院と専​​門病院にある。いずれも中医の診療科を持っているが、基本的には中医学と西洋医学の境界がはっきりしており、中医以外の診療科は西洋医学が中心であることが一般的である。
 
武漢での伝染病との闘いにおいて、中西医結合が良い仕事をした理由は、それが戦時中の状況であり、国全体でサポートされている全体的な医療資源が一時的に医療の原則に従って再構成されたからである。
 
2種類の医学の背後にある理念や文化の壁のために、西洋医師は中医学の基礎がほとんど無く、価値観も知らずに排斥しており、その隔絶の根は深い。多くの西洋医師は中医学を非科学的であると感じて、中西医結合に取り組むということはない。
 
 
 
ほとんどの臨床医が漢方を処方する「日本のほうがむしろ実質的な中西医結合が進んでいる」というのは、わたしも感じていたことです。
 
WHO-ICD11に中医学の弁証論治が入ったり、アフリカやヨーロッパなど世界中で中医鍼灸が普及していますが、中国国内の実情はそのような浅いイメージとは異なり、かなり複雑というのが現状だと思います。
 
やはり『中医臨床』が提供するような専門誌の情報は、今後の東洋医学の動向の情報分析に不可欠だと思いました。
 
 

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