『「性格が悪い」とはどういうことか ―ダークサイドの心理学』
小塩真司
筑摩書房
かつての心理学はあまり「役に立たない」、どちらかというと文学的なものでしたが、1990年代にビッグファイブ性格理論がコンピューターと統計学の発達により精緻化されていきます。
1990年代に「学習性無力感」のマーティン・セリグマンがポジティブ心理学を提唱します。チクセントミハイの『フロ-体験喜びの現象学』が代表です。「グリット」「レジリエンス」「マインドフルネス」などがキーワードです。
2002年にカナダ・ブリティッシュコロンビア大学のポールハスがマキャヴェリアニズム、ナルシシズム、サイコパシーという「闇の三大属性ダーク・トライアド」を提唱します。
2002年「性格の闇の三大属性ダーク・トライアド:ナルシシズム、マキャベリアニズム、サイコパシー」
The Dark Triad of personality: Narcissism, Machiavellianism and psychopathy.
Delroy L. Paulhus
Journal of Research in Personality, 36(6), 556–563
2010年にピーター・ジョンソンが12個の質問でダーク・トライアドを測定できる「ダーク・トライアド・ダーティー・ダズン(DTDD)」を開発しました。ダーク・トライアドを検出する簡易質問紙は開発されて論文になり、J-STAGEにも掲載されています。『「性格が悪い」とはどういうことか』の著者である小塩真司も作成者の1人です。
『日本語版Dark Triad Dirty Dozen (DTDD-J) 作成の試み』
小塩真司 et al.
『パーソナリティ研究』2015 年 24 巻 1 号 p. 26-377
2018年3月に心理学の大惨事、ケンブリッジ・ アナリティカ事件が起こりました。Facebookの8,700万人のデータとアメリカ人2億人の性格データを用いて、ケンブリッジ・アナリティカという世論操作を専門とする選挙コンサルティング会社が、トランプ大統領誕生のために情報操作を行った事件です。ダーク・トライアドの性格の人々をFacebookの簡単な質問で検出し、それらの人々をマイクロターゲッティング広告で情報操作して、トランプ政権誕生のための世論をつくりだしました。
2018年3月22日『ロイター通信』
「FB情報流出、渦中の学者が手がけたロシア邪悪性格研究」
《ダーク・トライアドとしてのサイコパシー》
ロバート・D・ヘアが1970年代に犯罪心理学から共感性を欠いた「サイコパシー」の研究を行い、サイコパスをチェックする心理テストが生まれます。日本ではロバート・D・ヘア著『診断名サイコパス: 身近にひそむ異常人格者たち』の出版で有名になりました。サイコパシー研究の名著は、ジェームス・ファロン著『サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅』です。
《ダーク・トライアドとしてのナルシシズム》
フロイトが自己愛性神経症を提唱し、自己愛性パーソナリティ障害の概念が確立していきます。搾取的で傲慢で他者との境界を持たない自己陶酔型と、完全主義の回避型パーソナリティ障害があります。
《ダーク・トライアドとしてのマキャベリアニズム》
境界性パーソナリティ障害では、操作的な自殺企図があります。医療者からより多くのケアを引き出すために自殺企図をすることです。
ここから「操作的な人格」という概念が発達しました。「他者をだまして影響を与え、他者をまかすことで感情を高揚させる」人格です。さらにナチス・ドイツ支持者を分析した概念、権威主義的パーソナリティ研究から、カリフォルニア大学バークレー校のリチャード・クリスティが1970年にマキャヴェリアニズムを提唱しました。
権威主義的パーソナリティの歴史です。
ドイツのエーリヒ・フロムは1941年の『自由からの逃走』でナチス・ドイツの支持者たちを分析し、権威主義的パーソナリティを提唱しました。権威ある者への服従(マゾヒズム)、自己より弱い者に対する攻撃(サディズム)、人間性への冷笑と軽蔑などがナチス支持者の性格的特徴です。この概念は心理学実験によってさらに深められ、男女不平等や外国人・マイノリティー排斥ともリンクしていることが確認されています。
上記のダーク・トライアドに、さらに残酷な攻撃性を加えて「闇の四大属性ダーク・テトラッド」の概念が発達します。 2014年にワシントン大学のマーカスらが発表した「意地悪」という性格を加えて、「闇の五大属性ダーク・ペンダット」と分類される場合もあります。
Facebookのユーザーの荒らし行為の研究によると、インターネットでのヘイトや荒らし行為はダーク・テトラッドと相関関係にあり、残虐な攻撃性と最も関連していました。
2021年5月26日アイスランド・レイキャビク大学
「ヘイターはよりヘイト行為を行い、トロール荒らしはよりトロール行為を行う:Facebookのトロール荒らしの性格プロファイリング」
Haters Gonna Hate, Trolls Gonna Troll: The Personality Profile of a Facebook Troll
Haukur Freyr Gylfason
Int J Environ Res Public Health. 2021 Jun; 18(11): 5722.
Published online 2021 May 26.
※「われわれの仮説の通り、マキャベリアニズムとサイコパシー、サディズムはFacebookの荒らし行為と正の相関関係があり、サディズムがもっとも強い予測因子だった。
ダークな性格の心理学研究で最も面白かったのはナルシシズムの分析です。ダークな性格では、ナルシシズムの中で本人の顕在的な自尊感情は高いのですが、潜在的な自尊感情は低いそうです。日常の中で達成に失敗する出来事があると、ナルシシズムの高い人物は自尊感情が激しく低下します。
つまり、一日の中でナルシストの自尊感情は乱高下するので自尊感情が不安定なのです。顕在的には自尊感情は高く、「自分は他のヒトよりも優れている」と感じていますが、潜在意識での自尊感情は低いため、他者からの批判にはいつもビクビクして過敏になります。批判されるとかたくなで攻撃的になるわけです。
1995年に『診断名サイコパス』を読んだ頃の自分はダークな性格に対して、かなり偏見をもっていました。鍼灸臨床で経験を積んで良かったことは、ダークな性格への偏見がほぼなくなったことです。多くの方々と接する上でその中にダークな部分をみても、同時にそれが他には代えがたい人間的魅力になっていることに気づきました。また、そのことが自分の中のダークな部分を鏡のように映し、受け入れることにつながりました。
『サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅』は私のサイコパスの印象を変えた一冊です。著者のジェームス・ファロンは脳科学者で、脳の写真からサイコパス連続殺人犯の脳を研究している時にある写真を見ながら「これはサイコパス連続殺人犯の脳だな」と思っていたら自分の脳の写真だったそうです。そのことから、自分の先祖が有名な殺人犯だったことをつきとめ、さらに自分の人生を振り返り、残酷な攻撃性やサイコパスな性格を認識します。同時に、「自分はなぜ犯罪者にならなかったか」と問います。多くの企業経営者や外科医には感情抜きで冷静な判断ができる「サイコパシー」が必要だったのと同じで、人類の進化の中でサイコパシーが生き残ってきました。
現在は、そのような流れで「サイコパシー」「ナルシシズム」「マキャベリアニズム」をポジティブにとらえる見方があります。
2023年12月12日『サイコロジー・トゥデイ』
「ダーク・トライアド性格:すべてが陰気で破滅的ではない:われわれはナルシシズム・マキャベリアニズム・サイコパシーをポジティブに利用することができる」
The Dark Triad: Not All Gloom and Doom:We can harness narcissism, Machiavellianism, and psychopathy for positives.
※【進化論的議論】なぜダークな性格が残るのか
マキャベリアニズムは社会的な舵取りの助けになり、ナルシシズムはリーダーシップと配偶者の選択を促す。サイコパシーは重大な状況では役に立つことが証明された。
医療従事者にとっては対応が大変な境界性パーソナリティ障害についても、弁証法的行動療法の開発者、マーシャ・リネハンの人生を知り、まったく見方が変わりました。
マーシャ・リネハンは自身が境界性パーソナリティ障害に苦しみ、精神病院に入院中は薬漬けになり、電気ショック療法を受け、壁に頭をうちつけながら「この精神病院をでたら、絶対に人を助ける仕事をする」と自分自身に誓い、苦しみながら作りだした心理療法が弁証法的行動療法です。仏教の瞑想にもとづくマインドフルネス瞑想やハイヤーセルフ、生まれ変わり、輪廻転生といった言葉が出てくる精神療法です。
昔の精神医学の本には「境界性パーソナリティ障害は治らない」と書いてあり、患者さんは絶望したと思います。しかし、弁証法的行動療法はランダム化比較試験で境界性パーソナリティ障害患者の自殺念慮を減らす効果を示しました。これは本当に凄いことで尊敬します。
マーシャ・リネハンの人生を知ってから、パーソナリティ障害の患者さんへのネガティブなイメージは無くなり、できる範囲で患者さんの苦しみを減らす方向で努力したいと考えるようになりました。誠意をもって対応し、患者さんの苦しみを少しでも減らすことができれば、その患者さんが鍼灸のよさを広めてくれると思います。
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