『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』
村上 宣寛
日経BP (2005/3/30)
わたしが卒業した大学では、心理学科の「臨床心理学」や、教育学部の「心理臨床学」、社会学部の「社会心理学」など学部を超えて履修できました。
心理学科の臨床心理学はイギリスの行動主義心理学者ハンス・アイゼンクの流れをくむ流派であり、アイゼンクは科学派の代表で、認知行動療法のもとになった行動療法の創始者です。
教育学部の心理臨床学は、どちらかというと河合隼雄のスクール・カウンセリングのような内容で、精神分析のユング派に近く、臨床心理学と心理臨床学のあまりの違いに驚きました。
同じような科目名なのに、「科学派(行動科学)」や「古典派(フロイト・ユングのような精神分析派)」など世界観がまったく異なり、お互いに批判しあっています。
調べてみると、日本臨床心理学会が1964年に発足し、そこからケンカ別れして1982年に創設されたのが日本心理臨床学会であり、日本心理臨床学会の会長を務めたのがユング派の河合隼雄です。河合隼雄は2002年から2006年の長きにわたって文化庁長官もつとめた政治家でもあり、スクールカウンセラー制度を導入しました。ロール・シャッハ・テストと箱庭療法で有名です。
欧米の行動科学と地続きの「心理学」は、認知行動療法にもつながるサイエンスの世界で「科学と疑似科学との違いは何か」という科学哲学を学びます。一方、ユングや河合隼雄の教育心理系の「心理臨床学」はロール・シャッハテストや箱庭療法など、疑似科学に近い世界です。お互いを学問的に全否定で批判しあう心理学業界の歴史と地政学を知りました。
90年代前半に大学で受講した「心理検査法」の講義の最初の言葉は今も覚えています。
「雑誌の心理テストを絶対に信じてはダメです。それどころか、就職試験や公務員試験に使われている心理検査も、心理学者が使っている心理検査も全てデタラメです」
そして、毎時間「矢田部ギルフォード検査(YG)」や「内田クレペリンテスト」「MMPI」など各種の心理検査法を受けさせられて、結果と自分の性格分析をするという演習の後で、いかに心理検査の妥当性や信頼性が低いか?を講義されました。当時、リクルートなどが就職試験で開発して、大企業が使っていた適性検査であるSPIも強く批判されていました。SPIを受けて入社した4人に1人は離職するという事実と突き合わせても、適性を検査しているとは言いがたいと思います。
2005年に出版された『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』は、私が受講した「心理検査法」の授業内容のほとんどそのままの内容であったことに驚きました。「心理検査法」の先生は、著者のお弟子さんだったのだと思います。当時の村上宣寛さんはビッグ・ファイブ性格理論やMMPIを日本に紹介し、ロール・シャッハテストのコンピューター診断のプログラムを作った人物であり、日本における心理検査法の第一人者でした。
1991年
「ロールシャッハ・テスト―自動診断システムへの招待」
村上 宣寛
日本文化科学社 (1991/1/20)
1995年
「Big Five Personality Inventroy の製作 (2) : 予備分析」
村上 宣寛, 村上 千恵子
日本教育心理学会総会発表論文集1995年 37 巻
1999年
「性格は五次元だった: 性格心理学入門」
村上 宣寛
培風館 (1999/7/1)
その心理検査法の第1人者が、2005年に『「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た』を出版したのですから、これは凄いことです。
日本心理学会の機関誌『心理学ワールド』2014年のインタビューでも「99.9 パーセントの論文はクズ論文」「私の論文もほとんどクズ論文」「ランダム化比較試験やメタ分析の結果が世の中を変えていくのですが、そういう論文は全体の 0.1 パーセントくらいしかありません」と非常に辛辣でした。
『心理テストはウソでした』があまりに面白かったので、2015年に出版された以下の本を読みました。
2015年
『あざむかれる知性ー本や論文はどこまで正しいか』
村上宣寛
ちくま書房2015年
データベースでシステマティックレビューとメタ分析を検索し、2015年当時の最先端の知識を紹介されています。
第4章は「なぜダイエットは難しいか」でローフード・ダイエット、パレオダイエット、炭水化物制限ダイエット、ケトジェニック・ダイエットを調べてエビデンスを紹介されています。
わたしも2010年代からpubmedなどのデータベースを使い、システマティックレビューとメタ分析を調べて健康関連の情報をまとめており、村上宣寛さんも同時期に同じようなことをされているとうれしくなりました。
『あざむかれる知性ー本や論文はどこまで正しいか』は2010年ー2020年代の科学的思考の方法論のエッセンスを簡潔に学べる良書だと思います。
社会学の良さはピエール・ブルデューの『社会学の社会学』のように、「社会学の基礎そのものを社会学的に問う」姿勢であり、これは現代の認知科学の言葉では「メタ認知」です。
心理学を学んで最も良かったことは、心理検査法の授業で「心理検査法がいかに科学的根拠がないのかを科学的に検証する」という心理学の認知そのものを問うというメタ認知の内容でした。
認知行動療法は、自分の認知の歪みに気づくというメタ認知こそが中心になっています。心理学と社会学は、実験結果が再現できないという「科学の再現性の危機」が大きな問題になっていますが、メタ認知の視点があることは優れている部分だと思います。
featured image by Олег Мороз
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