『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか-バーンアウト文化を終わらせるためにできること-』
ジョナサン・マレシック 著,吉嶺英美 訳
青土社 2023年11月10日
新たな名著だと思います。2023年11月に出版され、2024年2月に増刷されています。
著者のジョナサン・マレシックはヴァージニア大学で神学の博士号を取得し、大学教授として2009年には著作で学術賞を受賞し、終身在職権も取得していました。ところが、大学教授としてバーンアウト、燃え尽き症候群に陥り、教授職を辞職して、2022年に書いたのが本書です。2022年のアマゾン年間ベストブックに選ばれました。現在はテキサス州ダラス在住で、南メソジスト大学(SMU)で英語を教えています。
最初、わたしは日本で2023年に出版された『医師の燃え尽き症候群(バーンアウト)』(金芳堂)を読みました。この本は医師以外の医療職についても論じられ、良書であることは間違いありません。著者も素晴らしい方々で、善意に満ちて問題に取り組まれていることも疑いようがありません。ただ、マインドフルネス瞑想とコーチングという処方でバーンアウト・シンドロームがなんとかなるとはどうしても思えない、というのが率直な読後の感想でした。
『医師の燃え尽き症候群(バーンアウト)』
牧石徹也 他
ジョナサン・マレシックの『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか』を読み、自分のモヤモヤ感の原因がわかりました。ジョナサン・マレシックもマインドフルネス瞑想を行い、カウンセリングを受け、抗うつ剤を飲み、1年間の長期休暇をとって、それでも消耗しきって、よりひどいバーンアウト・シンドロームに陥りました。
ジョナサン・マレシックは、まずバーンアウト・シンドロームの学説史から調べ始めます。この学説史の部分が医療職にとって非常に勉強になります。そして、自分自身のバーンアウト・シンドロームの経験を振り返り、どんどん深く自分と対峙していきます。この本は本当に血で書かれた文章であり、ヒリヒリします。
ジョナサン・マレシックの結論は「仕事を人生の中心にすること」との決別です。 フィンランドの田舎に住むエリカ・メナさんは、もともとは大学教員でしたが慢性疲労症候群の診断を受け、障がい者となり、現在はアーティストとして生きています。パトリシア・ノーディンさんもイエール大学で博士号を取り、シカゴ大学で教員をしていましたが、30代で遺伝的疾患を発病し、3年間寝たきりとなり、障がいをもったアーティストとして生きています。
これらの人物と語り、仕事とは関係の無いところで尊厳をもって生きていることから学び、気づきます。働いていても、働いていなくても、障がいがあっても、生きているだけで価値があると心の底から感じたのです。エリカ・メナさんは飼っているネコから学んだそうです。「世界中のどんな生き物よりも、うちの猫はかわいい。でも、この子は何の仕事もしていません。ほんとうに何もしていないのです。それでも、こんなに愛されるなら、人間だって同じですよね」
「障がいのある子供たちが愛に値するなら、私だって愛に値するはず」と気づくことがバーンアウト・シンドロームを克服する道だったのです。人は誰でも病気で障がい者となるし、高齢で働けなくなる日が訪れます。 「仕事が尊厳や人格、目的の源である」というのは「高貴なウソ」だとジョナサン・マシレックは気づきます。資本家や管理者がつくりだした虚構の文化なのです。
ジョナサン・マシレックは、さらに「AIとロボット革命がもたらす、まもなく訪れる『労働観』の激変」の可能性も論じます。AIとロボット革命と世界的な高齢化の進行により、労働と人格や尊厳をイコールで結びつける文化の中にいるなら、誰もが自分の価値を見失うことになります。
これは、読む前には予測もしていなかった考え方でした。しかし今、世界的にうつ病患者、身体障がい者、知的障がい者や高齢者の医師による安楽死・自殺ほう助の文化が広がりつつあります。わたしは個人的に医療従事者による安楽死・自殺ほう助の文化に心の底から嫌悪感を感じていました。
ジョナサン・マシレックはバーンアウト・シンドロームの地獄の底に降りていき、そこで障がいをもったアーティストの姿とネコから学び、そこで得た学びと気づきを持って現世に戻り、その学びと気づきを世界にシェアしてくれました。「仕事を人生の中心にすること、仕事を人格や尊厳と結び付けることをやめること」がバーンアウト文化を終わらせるためにできることなのです。そして、これこそ医療従事者による安楽死・自殺ほう助の文化の拡大に対抗する価値観だと感じました。
これは、医療従事者にとっては何よりも難しい行動と価値観の変化であり、飲み込むのに難しい処方箋だからこそ、チャレンジする価値があります。人生を賭けて問題の本質的解決を考えた人だけが到達できた答えだと感じました。
Many thanks to Yerlin Matu for a beautiful featured image!
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