一筋縄ではいかないスリランカ伝統医療

2018年7月16日カンボジアの新聞『クメールタイムズ』
「スリランカは伝統医学を保護する」
Sri Lanka to protect traditional medicines

以下、引用。

スリランカはジュネーブに本拠地を置く世界知的所有権保護機構(WIPO)にスリランカ伝統土着医療システムが知的保護の支持を受けれるように紹介した。

ニューヨークタイムズが「最も訪れたい観光地No. 1は癒しの島、スリランカ」と特集記事を組み、スリランカ政府もアーユルヴェーダを前面に打ち出した広報戦略で「本当のアーユルヴェーダはインドではなくスリランカにこそ残っている」というイメージが急速に広がりつつあります。医療人類学の研究論文でもスリランカ伝統医療を取り上げるものが急増しています。

2012年
「土着医療のアーユルヴェーダ化 ―スリランカにおける土着の医療実践の位置づけをめぐって」
梅村 絢美『南アジア研究 』
Vol. 2012 (2012) No. 24 p. 132-141

スリランカは独立運動のナショナリズム形成の過程でインドから整ったアーユルヴェーダの理論を輸入しました。1962年にアーユルヴェーダの聖典『チャラカ』や『スシュルタ』がシンハラ語に翻訳されます。

1950年代にアーユルヴェーダ医の登録が始まります。スリランカ土着医療のプラクティショナーたちはアーユルヴェーダのことは何も知りませんが、「父から受け継いだ医療をやっていくため」にアーユルヴェーダ医として登録し、アーユルヴェーダの学位を取得していきました。

1980年にスリランカに先住民族医学省ができ、コロンボ大学に先住民族医学研究所をつくってアーユルヴェーダの研究を始めますが、このスリランカの「アーユルヴェーダ」という言葉にはアーユルヴェーダ、シッダ医学、ユーナニ医学(イスラム伝統医学)、土着医療が含まれると法律で定義されています。

このような歴史的経緯があるため、スリランカの「アーユルヴェーダ医」たちは研究者がインタビューすると誰も『チャラカ』『スシュルタ』を読んでいませんが、一方で土着医療をアーユルヴェーダの理論で説明するという権威付けがなされているそうです。

それではスリランカの土着医たちは何をしているかというと、ほとんどの医師は望診や触診で、ナーディ(インド伝統医学のエネルギー脈管)を診断するそうです。アトゥ・グナヤー(手の効力)が何より重視されるそうです。

そして先天的な才能に加えて長期間の修行により到達した医療を行うのにふさわしい心の状態をシッダと呼びます。つまり、スリランカでは伝統医の能力は他人と代替不可能なのです。

梅村先生が指摘しているように、スリランカには2つのアーユルヴェーダがあります。

一つはインドから権威付けのために輸入したアーユルヴェーダで、対外的には「本当のアーユルヴェーダはスリランカに残っている」と宣伝してメディカル・ツーリズムの先進国消費者にアピールしています。それはウソではなくて、スリランカのアーユルヴェーダという言葉には法的に「スリランカ土着医」という意味が入っています。

そして、もう一つは生きている伝統医療である土着医療です。スリランカ人たちがもともと持っていたものをアーユルヴェーダという言葉で権威付けしつつ表現しているのです。

インドから金看板は借りておいて、「本物のアーユルヴェーダはスリランカにあり」と宣伝しつつ、インドのアーユルヴェーダとは全く違うスリランカ人が先祖代々やってきたことを実践しているというわけです。この一筋縄ではいかない複雑さに、スリランカ伝統医療をすっかり好きになってしまいました。

インドという文化・経済大国と海を隔てた隣国でありながら、インドとは全く違う文化と歴史をもった島国の歴史を感じます。

私も対外的にはグローバル・スタンダードになりつつある中国伝統医学の理論で権威付けして優れた部分は最大限に吸収しつつ、中身は日本伝統鍼灸を洗練させて、結果的に「本物の東洋医学は辺境の日本に残っていた」と言うズルい戦略を採用したいです。

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