セグメンタル・アナトミー(脊髄解剖学)

これはドイツで2010年に出版された『セグメンタル・アナトミー(脊髄解剖学):鍼・自然療法・マニュアル療法をマスターするための鍵』の英訳本です。

Segmental Anatomy: The Key to Mastering Acupuncture, Neural Therapy and Manual Therapy (English Edition)
Ingrid Wancura-Kampik
Urban & Fischer (2012/9/24)

この本の素晴らしいところはデルマトーム(Dermatome:皮膚分節)、ミオトーム(Myotome:筋分節)、スクレロトーム(Sclerotomes:骨分節)、ヴィッセロトーム(Viscerotome:内臓分節)、関連痛(Referred Pain)などを章で分けて詳述していることです。

肩コリの部分はC4デルマトームです。
よく、胃が悪いと左肩がこるといいます。日本の『はりきゅう理論』の教科書では、胃腸管はT6-T11になります。内臓体壁反射ではミゾオチはT7で臍がT10ですから胃腸管の反応は日月(GB24)のツボなど季肋部からヘソ下あたりのはずです。肩とは関係しません。

胆石症の内臓体壁反射では右肩に関連痛が出る場合があります。肝臓、胆囊のヴィッセロトームはT8からT11なので、やはり肩とは関係ありません。

狭心症の患者さんも肩がコリます。日本の『はりきゅう理論』の教科書では、心臓はT1-T5です。やはり肩とは関係ありません。たまに良い解剖学の本では心臓の関連痛として胸部から上腕そして左小指を図示しています。小指はT8デルマトームです。やはり、心臓のヴィッセロトームのT1-T5と大きくズレます。

しかし、現実に胃の肩こり、胆石症の肩こり、心臓の肩こり、肺呼吸器の肩こりは存在しますし、論文もあります。トリガーポイントの創案者ジャネット・トラベルは循環器専門医であり、心臓の肩痛や結核の肩痛を記録しています。

内臓体壁反射について、1852年にドイツの医師イシュマール・イシドール・ボアズが胃潰瘍のボアス点を発見しました。左第10胸椎から第12胸椎の間であり、ちょうど脾兪と胃兪のツボに相当します。イシドール・ボアズはドイツ消化器学会を創ったドイツ医学史に残る人物です。

1894年にアメリカの医師チャールズ・マックバーネーが1894年に急性虫垂炎のマックバーネー点を発見しました。

1893年に偉大な心臓病医師ジェームズ・マッケンジーのマッケンジー帯が発表されます。

1894年にはヘンリー・ヘッドがヘッド帯を発見しました。
1852年、ボアス点の発見
1893、マッケンジー帯の発見
1894年、マックバーネー点の発見
1894年、ヘッド帯の発見
という時系列になります。

19世紀後半から盛り上がった圧診点の研究は、今ではマックバーネー点以外に西洋医学の教科書には残っていません。

これらの内臓関連痛の研究は、英米ではイギリスのイギリスの最初のリウマチ専門医ジョナス・ケルグレンやトリガーポイントの創始者、アメリカの心臓病専門医のジャネット・トラベルに受け継がれました。

ジャネット・トラベルは1936年に心筋梗塞での肩甲骨の痛み(トリガーゾーン)ということに気づきました。それから結核病院で肺から腕の関連痛に気づきます。さらにベス・イスラエル病院で心臓から腕の関連痛に気づきましたが、これらの関連痛は当時の医学では無視されていました。

1940年代になると、トラベルはトリガーポイントへの1パーセントプロカイン注射を試みるようになりました。これは1938年にジョナス・ケルグレンが筋肉から起こる関連痛でプロカイン注射をしていたことにヒントを得ました。

ジョナス・ケルグレン「筋肉から起こる関連痛」
Referred pains arising from muscle.
Kellgren JH.
Br Med J 1938;1:325–7.

トリガーポイントのジャネット・トラベル以外に内臓関連痛の研究を継いだのは、日本の医師達でした。

京都大学生理学教室の石川日出鶴丸教門下の後藤道雄が「ヘッド氏帯の臨牀的応用と鍼灸術」刀圭書院1917年(大正6年)を書きました。

さらに日本の医師、小野寺直助先生が登場します。小野寺直助先生は1916年にマッサージ師さんに「小野寺殿部圧診点」をおそわり、1921年には医学雑誌に発表されています。1937年以降、多くの論文が消化器系の医学雑誌に発表されています。

小野寺直助「胃癌・胃十二指腸潰瘍診斷例の二, 三」
『消化器病学』Vol. 2 (1937) No. 6 P 1097-1102

胃ガン・十二指腸潰瘍と小野寺殿部圧診点
小野寺 直助著
「圧診点および2, 3の応用」
『日本鍼灸治療学会誌』Vol. 14 (1964-1965) No. 2 P 1-8

弘前医科大学教授、松永藤雄先生は小野寺直助先生の後継者です。小野寺殿部圧診点を追試して、このような圧診法の価値を外国人に客観的に理解させるために「内臓の病気の場合、内臓の状態を反映する背部兪穴の部分の温度が低下する」という「エアポケット現象」を研究し、『日本消化器病学会雑誌』などで発表しました。

「壓診法(圧診法)と其の吟味」
松永 藤雄、 弘前醫科大學
『日本消化機病學會雜誌』Vol. 48 (1950-1951) No. 1-2 P 1-23

「内臓疾患と皮膚温度、とくにエアポケット現象を中心として」
松永 藤雄『日本鍼灸治療学会誌』Vol. 20 (1971) No. 2 P 1-10

内臓体壁反射を研究される場合は、間中喜雄先生の『医家のための鍼術入門講座』が最も参考になります。ここに1950年に医師の成田夬介先生が出版された『圧診と撮診』という本の重要部分が全て転載されています。皮膚をつまむ撮診(擦診)点は経絡治療の岡部素道先生に取り入れられました。

1950年には、医師の中谷義雄が良導絡・良導点を発見し、1953年には『日本東洋医学会雑誌』に「経穴經絡の本態について」を発表しています。

さらに、医師で北陸大学教授の藤田六郎が1954年にデルマトームに沿った丘疹点を発見・発表し、多くの経絡現象を写真で発表しました。

日本の内臓体壁反射研究は、間違いなく世界のトップでした。
私が研究した限りでは、現在の多くの方がデルマトームや内臓体壁反射について不十分な知識しか持っていないです。

2008年「ヒトのデルマトームへの科学的根拠に基づくアプローチ」
An evidence-based approach to human dermatomes.
Lee MW, McPhee RW, Stringer MD.
Clin Anat. 2008 Jul;21(5):363-73. doi: 10.1002/ca.20636.

この衝撃的な研究は2005年以降に出版された『グレイ解剖学』のような一流の医学部教科書13冊から14種類のユニークなデルマトーム・マップを見つけ、それらの根拠になっている文献が1933年のFoersterと1948年のキーガンとギャレットによるものであり、しかも誤りを多く含んでいることをつきとめました。誰もが疑わない医学の権威の教科書『グレイ解剖学』に挑戦し、しかも証拠に基づいて『グレイ解剖学』に圧勝しました。これこそがサイエンスです。

2011年『整形外科とスポーツ理学療法』掲載の論文
「競合するデルマトーム・マップ:教育と臨床の関係」
Conflicting Dermatome Maps: Educational and Clinical Implications
Mary Beth Downs, PhD, Cindy Laporte, PT, PhD
Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy, 2011, Volume: 41 Issue: 6 Pages: 427-434

以下、引用。

われわれは過去60年間の文献を調査したが、キーガンとギャレットの仕事を確証するいかなる実験も発見することはできなかった。反対に彼らの結果を反証するような証拠は発見できた。

3つのコア・マップの中で最も欠陥を持っているにも関わらず、キーガンとギャレットのマップは広く無批判に再生産されている。そして、まだキーガンとギャレットのデルマトーム・マップは教科書に浸透して理学療法教育プログラムを広く支えているのである。

ヘンリー・ヘッド卿のあと、1933年にナチス・ドイツのフォースターという医師は人間の神経を切断することでデルマトーム・マップを作成しました(Foerster O. The dermatones in man. Brain 1933;56:1–39)。

そして、1948年にネブラスカ大学のジェイ・キーガンとフレデリック・ギャレットが現在流通しているようなデルマトーム・マップを作成して出版しました。マップは椎間板ヘルニアの知覚脱失に基づき、神経根に2パーセントのノボカイン麻酔薬をブロック注射してマッピングを行いました(The segmental distribution of the cutaneous nerves in the limbs of man. Keegan JJ, Garrett FD. Anat Rec. 1948;102:409–437)。

そして、現在の世界中のデルマトーム・マップはこれらの転載であり、転載ミスが重なって間違いだらけです。

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