栄穴:侠渓

足少陽胆経の栄水穴の侠渓 (きょうけい) です。

浦山玖蔵先生の「つぼつぼ散歩」 では、「第4指内側説に至ってはすでに金・竇黙(1196-1280)に始まっており、第4指外側説より約300年早かった」という驚愕の記述があり、「足竅陰―侠渓―足臨泣―丘墟の4穴は、足の第4指内側から外果前縁に向かって足背をほぼ一直線に並んでいたものと思われる」とこれまた驚愕の記述が続きます。

侠渓の主治については、「日本においては、中国文献に由来すると思われる主治以外は管見に入らなかった。あるいは『十四経発揮』以後に経穴部位が第4・5指間へと移動したことで、十分な効果が得られなくなったことが原因だったということは考えられないのだろうか」という見解を書かれています。

これは驚愕の見解ですが、栄穴だけで反応を診ていくと確かに第3足趾と第4足趾の間に臨床的に症状を変化させる反応はよく出ています。

問題は胃経の外内庭なのか、胆経の侠渓なのかわからないことです。

侠渓の主治も膝外廉痛、目外眦赤痛、頭眩、両頷痛、耳鳴耳聾、目痒、胸中痛や狂などの精神疾患、「胸脇支満(胸胁支满)」などの古典の記述は納得できます。

「つぼつぼ散歩(第54回)」では「明・劉純『玉機微義(1396)』巻三十四・頭痛治法・痰厥頭痛之剤に・・・名づけて風痰と曰ふ。此の薬を服して更に侠渓二穴に灸すれば、旬日ならずして愈ゆ」と風痰頭痛への灸法を挙げています。

この風痰頭痛への侠渓への灸法は『医学綱目』『鍼灸聚英』『景岳全書』『続名医類案』などの歴代名著にも掲載されています。

この風痰頭痛への栄穴の侠渓の灸法というのも、現代中医学鍼灸とはずいぶん違う使い方だと感じます。

1368年、明代の劉純著、『玉機微義』という古典の名前も、恥ずかしながらはじめて知りました。劉純の父親、劉叔淵が朱丹渓の弟子であり、朱丹渓の学統にあたり、曲直瀬道三の『啓迪集』にも頻繁に引用されているそうです。

劉純著、『玉機微義』

「《卷三十四》此頭痛苦甚為足太隂痰厥頭痛非半夏不能療目黒頭旋風虛內作非天麻不能除詳見試效方家珎水煑金花丸治頭痛毎發時兩頰青黃眩暈目不欲開懶欲言語身重兀兀欲吐數日方過此厥隂太隂合而為病名曰風痰服此藥更灸俠谿二穴不旬日愈」

北江龍也先生が「『玉機微義』の鍼灸」という論文を日本医史学会で発表されています。

『玉機微義』の鍼灸
『日本医史学雑誌』第46巻第3号(2000)

【古典の侠渓の主治】
《针灸甲乙经》:膝外廉痛,热病汗不出,目外眦赤痛,头眩,两颔痛,寒逆泣出,耳鸣聋,多汗,目痒,胸中痛,不可反侧,痛无常处,侠溪主之。胸胁支满,寒如风吹状,侠溪主之。狂疾,侠溪主之。
《备急千金要方》:主少腹坚痛,月水不通。主乳肿痈溃。主疟,足痛。主胸中寒,如风状,头眩,两颊痛。
《铜人腧穴针灸图经》:治胸胁支满,寒热汗不出,目外眦赤,目眩,颊颔肿,耳聋,胸中痛不可转侧,痛无常处。

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