癃閉(りゅうへい)

『黄帝内経素問・宣明五気篇』に「膀胱不利なら『癃(りゅう)』となり、膀胱不約なら『遺溺(いにょう)』となる」とあるのが膀胱病の基本です。

しかし、癃閉の弁証論治は難解です。

隋唐の『諸病源候論』や『備急千金要方』では膀胱の熱証が病因として論じられます。金元の朱丹渓著、『丹渓心法』小便不通では膀胱・小腸の病証として論じられ、「小便不通は気虚・血虚・痰・実熱」として気虚や血虚、痰が病因として論じられています。

最も詳しいのは明代、張介賓の1624年『景岳全書』癃闭です。

およそ癃閉の証は原因に4つあり、まさに虚実で弁ずる。火邪が小腸膀胱に結集し、水が涸れて気門が熱で閉じて不通になる。

明代、王肯堂著、『証治准縄』杂病・闭癃遗尿总论はユニークで、「癃閉は尿が出ないで淋瀝点滴するなり。ただ、肝経と督脈、三焦、膀胱がこれを主る。肝経・督脈である」と経絡弁証のスタイルで論じています。鍼灸では肝経を使うので、けっこう納得します。

清代では李用粋著、『証治匯補』が 癃閉の理論を集大成し、さらに肺熱による小便不通を「一身の気は肺によるものであり、肺気が清ならば気はめぐり、肺気が濁なら気は停滞し、小便不通となる。肺気が宣発できないなら清金して降気を主となす」と論じています。

さらに脾気による癃閉も論じています。

つまり、癃閉は肝・心・脾・肺・腎の五臓と三焦・小腸・膀胱は関係しているし、経絡的にも督脈や肝経や委陽の別脈や腎経の絡脈の大鍾(KI4)なども関連しています。

癃閉に関する学説の歴史は複雑で単純化できないと思います。鍼灸臨床の場合、経絡の反応を手でさぐり、総合的に直観的に治療するしかないと感じます。

【鍼灸による尿貯留、癃閉治療の発展】

2015年6月『世界中医薬』に上海中医薬大学発表の「鍼灸による尿貯留の治療の研究と発展」
针灸治疗尿潴留临床研究进展
冯琦钒 et al.世界中医药

以下、引用。

尿貯留は中医学における癃閉の範疇であり、腎臓と膀胱の気化が失調しての排尿困難で1日の尿量が減少し、小便が点滴して閉塞して通じない症状が出るのが特徴である。『素問・霊蘭秘典論』には膀胱は州都の官であり、津液を蔵し、気化すればよく出ると記載され、『素問・標本病伝論』には膀胱病では小便閉となると論じられる。『素問・宣明五気篇』では膀胱不利なら癃となり、膀胱不約なら遺尿となると書かれ、膀胱と尿の気化機能の関係について述べている。膀胱気化不利なら小便不通が出現する。病位は膀胱にあり、病因は膀胱気化不利にある。気化失調すれば水道を通じることができずに肺・脾・腎・三焦と関連している。針灸治療では、足太陽膀胱経と任脈・督脈・脾経および肝経をもちいて弁証論治し、選穴は中極(CV3)、関元(CV4)、足三里(ST36)、三陰交(SP6)、次りょう(BL32)、膀胱兪(BL28)、会陽(BL35)などを用い、兪募配穴法を重視した配穴を使用する。

上海中医薬大学の先生方は、膀胱病だから中極(CV3)・膀胱兪(BL28)の兪募配穴して、足三里(ST36)・陰陵泉(SP9)・三陰交(SP6)をトッピングという鍼灸弁証論治です。これが2015年の上海中医薬大学の論文です・・・。

1.産後尿貯留(post-partum urinary retention:中医学の「胞转(bāo zhuǎn)」、「转脬(zhuǎn pāo)」)

「曲骨(CV2)、中極(CV3)、関元(CV4)、三陰交(SP6)、陰陵泉(SP9)、足三里(ST36)」
用针刺 曲骨、中极 、关元 、三阴交 、阴陵泉 、足三里等穴 ,并配合温针灸

2.子宮頚癌手術後の尿貯留
「八りょう、秩辺、陰陵泉、三陰交」
八りょう 、秩边 、阴陵泉、三阴交 。

3.肛門手術後の尿貯留
「関元、中極、水道、三陰交」
针刺关元 、中极 、水道 、三阴交。

4.脳卒中後の尿貯留
中医学では、脳卒中後の尿貯留を腎陽虚・命門火衰・肝腎陰虚・腎気虚と膀胱三焦の気化不利とみなし、蒼亀探穴や捻転瀉法の手技を使うと有効率は94%だそうです・・・。また、中極(CV3)と膀胱兪(BL28)の兪募配穴法を使うと有効率93.8%だそうです・・・。本当でしょうか。

5.脊髄損傷後の尿貯留
脊髄損傷後の尿貯留の患者さん68例に、気海(CV6)、関元(CV4)、中極(CV3)、曲骨(CV2)、三陰交(SP6)、八りょうを主穴として、陰陵泉(SP9)、膀胱兪(BL28)、腎兪(BL23)を配穴にしてパルスをかけたら有効率91.18%だったそうです。本当でしょうか。

2015年6月に上海中医薬大学が『世界中医薬』に中国語で発表した論文は以上ですが、2016年4月に北京中医薬大学が『エビデンスベースド・コンプリメンタリー・アンド・オルタナティブ・メディスン』に発表した英語論文は以下です。

2016年4月「脊髄損傷による慢性尿貯留の鍼:システマティックレビュー」
Acupuncture for Chronic Urinary Retention due to Spinal Cord Injury: A Systematic Review
Jia Wang et al.
Evid Based Complement Alternat Med. 2016; 2016: 9245186.
Published online 2016 Apr 13.

【結論】システマティックレビューに基づけば、鍼は排尿後残尿量を減らす効果がいくらか有効かもしれない。そして脊髄損傷後の慢性尿貯留を改善するかもしれない。付け加えるなら鍼は脊髄損傷後の慢性尿貯留の治療に安全であるかもしれない。しかしながらエビデンスは高品質の臨床試験がないために限られており、大規模で高度な方法論にもとづく高品質のランダム化比較試験が臨床研究において必要である。

2016年4月の北京中医薬大学のシステマティックレビューは妥当な結論だと思います。

以下、2016年4月の北京論文より引用。

電気鍼が2つの臨床試験で使われており、1つの臨床試験では手技鍼だった。この試験では鍼は病名診断に基づき、弁証に基づくものではなかった。

患者は1日に1回鍼治療を受けた。それぞれ1回の治療は20-30分だった。治療の期間は2週間から3週間だった。

中極(CV3)、気海(CV6)、関元(CV4)がもっとも頻繁に使われるツボで、ランダム化比較試験では100パーセント使われていた。

膀胱兪(BL28)、腎兪(BL23)、曲骨(CV2)、陰陵泉(SP9)、三陰交(SP6)が次に最も使われており、3つのランダム化比較試験では66.7パーセントの頻度であった。

他のツボは腰陽関(GV3)、命門(GV4)、次りょう(BL32)、上りょう(sBL31)、中りょう(BL33)、下りょう(BL34)が臨床試験に含まれていた。

尿貯留という西洋医学の病名で診断して、中極(CV3)や関元(CV4)、腎兪(BL23)、膀胱兪(BL28)、陰陵泉(SP9)、三陰交(SP6)にパルス鍼というのが現代中国の鍼灸弁証論治なのです。

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