鍼鎮痛のパラダイムシフト:得気と結合組織

2018年2月1日『メディカルアキュパンクチャー』にミシガン大学慢性疼痛慢性疲労研究センターのコナー・リドルとリチャード・ハリスが発表した
「細胞の再構成リオーガニゼーションは、鍼鎮痛で極めて重大な役割を果たしている」
Cellular Reorganization Plays a Vital Role in Acupuncture Analgesia
Conner E. Liddlecorresponding author1,,2 and Richard E. Harris, PhD1
Med Acupunct. 2018 Feb 1; 30(1): 15–20.
Published online 2018 Feb 1. doi: 10.1089/acu.2017.1258

この論文は「鍼において結合組織はどのような役割を果たすの」という疑問に答えています。
ここで言うファッシャ(fascia=筋膜)とは浅筋膜を意味します。多くの鍼灸師さんは区切りのある深筋膜と皮下の脂肪細胞や結合組織を意味する浅筋膜を混同して誤解・誤用しています。

浅筋膜(Superficial Fascia)とは「真皮と深筋膜の間の脂肪のマトリックス構造」やコラーゲンやエラスチン、マクロファージや肥満細胞などの細網内皮系の「疎性結合組織」を意味します。

以下、引用。

ファッシャ(=筋膜)はさまざまな方法で定義されるが、このレビューではファッシャを機能的な次元のコラーゲンマトリックスからなる粘弾性組織と定義している。

鍼治療は特定の場所(ツボ)に鍼を挿入することでおこなわれる。鍼の手技の間、鍼は回旋、または雀啄によって、得気という特有の感覚を醸し出す。鍼を抜くとこの感覚は消失する。鍼によって組織が歪み、細胞マトリックスが変型することで起こることが重要である。臨床家が鍼を抜こうとすると肉体は鍼をグリップして強く挟んでいるような現象を中医学では認識しており、その概念、得気では臨床家がこの鍼をグリップしている感覚を感じて、患者は鈍いようなシビレタような感覚を感じる。

この「得気」による鍼がグリップされている感覚は筋肉ではなく、結合組織が巻きつくことであることが、ファッシャの鍼研究者、ヘレン・ランジュバン先生によって『米国実験生物学会連合雑誌』で実験報告されています。普通に考えれば、鍼を豆腐に刺して雀啄・回旋すれば豆腐はボロボロに崩れて鍼の周りはスカスカになりますが、人体の場合は逆に鍼を雀啄・旋撚すると鍼が組織にしっかりとグリップされます。この巻きつく組織は筋肉ではなく結合組織なのです。つまり、結合組織の組織の変型・リモデリングが起こっているのです。

2002年「鍼の周囲の結合組織(connective tissue)のエビデンス」
Evidence of Connective Tissue Involvement in Acupuncture
Helene M. Langevin
The FASEB Journal express article 10.1096/fj.01-0925fje. Published online April 10, 2002.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11967233
https://pdfs.semanticscholar.org/…/ec00ee02d327412ed9b2635a…
(全文オープンアクセス)

ファッシャの鍼研究者、ヘレン・ランジュバン先生は、NIHアメリカ国立衛生研究所内のアメリカ国立補完統合衛生センターの所長になりました。

2018年8月20日
「アメリカ国立衛生研究所NIHは、ヘレン・ランジュバン博士をアメリカ国立補完統合衛生センター(NCCIH)の管理者に指名した」
NIH names Dr. Helene Langevin director of the National Center for Complementary and Integrative Health
https://nccih.nih.gov/…/pr…/Langevin-NCCIH-Director-Selected

以下、2018年ミシガン大学の『メディカルアキュパンクチャー』論文、「細胞リオーガニゼーションは鍼鎮痛で極めて重大な役割を果たしている」より引用。

【細胞外マトリックスの変型とシグナル伝達】

鍼は短期的にも長期的にも異なる方法で周囲マトリックスの成分にインパクトを与えることが判明している。

鍼を刺した直後、刺された場所から4センチメートルから10センチメートル離れたところでは顕著な組織成分の変換がある。

疎性結合組織におけるストレス関連の結合組織変化が起こっているというエビデンスが存在する。

2013年に細胞生理学雑誌で出版された論文は非特定の結合組織に焦点をあてている。その研究は疎性結合組織よりも密性結合組織において細胞骨格がより薄くリモデリングされていた。それは疎性結合組織が組織の緊張状態をリラックスさせることを助けるという重要な役割に短期的な代替として理論化されている。

それは特定の結合組織に起こるということに注意を払う価値がある。非特定された結合組織ではなく、細胞外マトリックスの変化はストレス下で数日から1週間は顕著に変化する。そのマトリックスの変化は周囲の細胞に直接影響するし、鍼の効果でもその役割を果たしている。

2005年に実験研究者は線維芽細胞が機械的にストレッチされたことにより、より広く、薄くなったことを観察している。しかしながら、細胞表面エリアは予想されたよりもより広くなった。これは研究者たちはストレス下で細胞が対応しようとするメカニズムではないかと仮説を立てている。細胞シグナルにより遠く離れたところにもメカニカル・フォース(機械的なチカラ)がいかに働いているかが実験されるなら、そのアクティブ・メカニズムは作動しているかもしれない。これらの細胞の形状の変化は鍼がコラーゲンに巻きつくことでコラーゲン細胞接着ジャンクションに影響を与えているのかもしれない。

活性化メカニズムの直接原因はまだ不明である。しかし、多くの細胞リストラクチャリングの可能なメカニズムがあり、それらはエビデンスを支持している。細胞骨格リモデリングを含むメカニズムはホルモンの要素や周囲のマトリックスを変型させるだけでなく、遺伝子発現、感覚神経受容体や、後続の中枢神経システムの神経活動への接合部なども考えられる。鍼、及び電気鍼は脊髄レベルでのエフリンB3の遺伝子発現を変化させるかのように見える。この結果は鍼鎮痛や疼痛調節で役割を果たす可能性がある。

【ニューロトランスミッター神経伝達物質レベルの変化と脳の変容】

局所変化に加えて、鍼は身体の神経伝達物質のレベルの変化に影響することが理論化されており、鎮痛効果をもたらす。2014年の研究では電気鍼がノルエピネフリンとドパミンを増加させることが示された。この効果は迷走神経と副腎を介したものである。その主要な治療効果は炎症を減らし腎機能を改善しドパミン受容体によりおこる。

【ツボにおける肥満細胞の役割】

免疫と神経免疫システムに関連したタイプの肥満細胞は鍼鎮痛に一定の役割を果たしている。研究は肥満細胞は鍼によって細胞外に小胞を分泌放出する細胞プロセスである脱顆粒が起こることを示唆している。

これらの経路に加えて、鍼刺激によって異なるプロセスも起こっている。実験では機械刺激はTRPVの活性を刺激し、カルシウムイオン流入とHMC1(肥満細胞タイプ)の脱顆粒を引き起こすことも示されている。これらのデータはTRPVチャネルが肥満細胞のシグナル活性化に一定の役割を果たしていることを示している。

鍼灸の科学的研究の歴史では、2010年の『ネーチャー・ニューロサイエンス』にナナ・ゴールドマン先生の論文が掲載されたことが歴史的でした。鍼は神経を刺激するのではなく、皮膚・皮下組織・結合組織を歪ませることでケラチノサイトからATPが放出されてP2X3受容体を介して鎮痛作用を発現するというのです。

2010年「アデノシンA1受容体を介した局所の鍼の抗侵害受容的効果」
Adenosine A1 receptors mediate local anti-nociceptive effects of acupuncture
Nanna Goldman,et al.
Nature Neuroscience 13, 883–888 (2010)

2014年に台湾の研究者らがマウスの足三里に鍼をしてウエスタン・ブロッディングという免疫蛍光発色法を用いてTRPV1受容体の関与を証明しました。

2014年「マウス足三里(ST36)におけるTRPV1の大量発現と刺激関数:機械刺激受容のTRPV1は鍼の反応チャンネルである」
Abundant expression and functional participation of TRPV1 at Zusanli acupoint (ST36) in mice: mechanosensitive TRPV1 as an “acupuncture-responding channel”.
Wu SY et al.
BMC Complement Altern Med. 2014 Mar 11;14:96.
doi: 10.1186/1472-6882-14-96.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24612851

皮膚や皮下組織、結合組織に鍼を刺すと、その物理刺激が皮膚や皮下の結合組織を歪ませてTRPV1を活性化します。TRPV1が活性化すると細胞膜のチャネルが開き、カルシウムイオンが流入します。カルシウムイオンが細胞内に流入するとATPが細胞外に放出されます。そのATPがP2X受容体に入ると神経刺激から鍼による脊髄レベルや中枢神経レベルの鎮痛が始まります。これらの物理刺激は鍼が豊富な結合組織を歪ませ、引っ張ることで生じます。だから、鍼は神経を直接刺すのではなく、結合組織を歪ませるのです。

2018年になり、鍼鎮痛に肥満細胞やヒスタミンが関係しており、さらに視床下部ー脳下垂体ー副腎などのHPA軸や神経ー免疫ー内分泌が絡み合っていることも判明してきました。

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