【BOOK】『反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー』

 
ジェームズ・C・スコット
みすず書房 
 
 
ジェームズ・C・スコットの‘Against the Grain: A Deep History of the Earliest States. 2017’の翻訳です。
これは、本当に読んで良かったです。まさに人類学・歴史学の傑作といえます。
 
キーワードは「家畜化」です。
もとはオオカミだった危険な野生生物は飼いならされてイヌとなり、荒々しい野生のバッファローのような雄牛はおとなしいウシになっていきます。
 
ジェームズ・スコットは自給自足のためにヒツジを飼っていたのですが、家畜としてのヒツジは「羊のようにおとなしい動物」なのですが、野生のヒツジは荒々しく暴力的であり、わずか数代で野生に戻っていきます。野生動物は危険で暴力的でツノが大きく、オスとメスの違いが顕著ですが、家畜化されることでおとなしくなっていきます。
 
 
人類学の研究で明らかになってきたのは、狩猟採集社会は本質的に平等で、食物も多様性に富み、環境と調和した社会であるということでした。
 
古代中国の黄河流域やメソポタミアで農業が始まり、「文明」がはじまります。そこで人間の家畜化がはじまり、官僚化がスタートしました。徴税のための記録と歴史が始まり、戦争と収奪が激化していきます。
 
人類のほとんどの社会は歴史や文字をもたなかったのです。
 
農業文明は家畜化された動物と人間の同居により、人畜共通感染症が容易に起こります。
灌漑された土地は塩害が起こり、生物学的多様性を喪失します。都市は容易に崩壊し、打ち捨てられ、アンコール・ワットのような遺跡が残ります。
 
ジェームズ・スコットはメソポタミア文明と小麦を中心に論じていますが、中国の先秦文化にもあてはまります。中国の歴史は匈奴などの遊牧民族、五胡十六国や唐末五代、金や元、清など遊牧民族と農耕民族(歴史+文明)の闘いでした。
 
 
ジェームズ・スコットには秘密の経歴があります。英語圏のウィキペディアには書いてありますが、日本のウィキペディアには書いてありません。
 
1967年にイエール大学で博士号を取得し、CIAのエージェントとしてビルマに赴任し、世界的な共産主義者の学生運動に潜入します。ヴェトナム戦争の真っただ中でカチン族やワ族などのビルマの山岳民族について研究し、前著『ゾミア―― 脱国家の世界史』(2013年みすず書房)につながっていきます。
 
 

 
 
CIAはカチン族やワ族などの山岳民族をヴェトナム戦争で利用しました。
ジェームズ・C・スコットは帰国して大学教授になってからはCIA右翼国家主義者から急速に反国家主義のアナキスト(無政府主義者)となっていきます。
 
 
ジェームズ・スコットの著作は諜報を意味する「インテリジェンス」という言葉が同時に持っている意味を思い出させます。民族学(人類学・文化人類学)という学問は図書館の分類コードでは350で、軍事の360の隣接分野となっていて本棚は隣り合わせになっています。民族学・人類学は自然科学や社会科学に分類されていないのです。自然科学は400だから、民族学は科学ではなくて、植民地支配の技術や軍事諜報が起源なのです。
 
 
日本文化の分析として有名な文化人類学者、ルース・ベネディクト著『菊と刀 』の元文書は、第二次世界大戦中、アメリカ戦時情報局の対日心理戦の一環としてウイリアム・ドノヴァンに対して提出されたものです。
ウイリアム・ドノヴァンはCIAの父と呼ばれるアメリカNo. 1の諜報専門家で戦略諜報局の創設者です。『菊と刀』は日本人という異民族を文化的に理解し、いかに効率よく支配するかという発想で利用されました。
 

 
 
驚いたのは、日本でも国立民族学博物館の初代館長の梅禎忠夫や今西錦司、宮本常一、江上波夫といった日本の民族学者らは戦前、昭和通商という会社に所属していたことです。
昭和通商は陸軍中野学校が中国工作の本拠地にした会社で、児玉誉士夫の児玉機関や偽札工作の坂田機関も出入りしていました。
 
さらに内モンゴルで諜報工作に関わった戦前の西北研究所で今西錦司が所長を務め、梅棹忠夫とともにモンゴルの研究を行っていたことも驚愕しました。今西錦司はサル学の祖で、京都大学人文科学研究所所長で京都学派の大ボスですし、梅棹忠夫は吹田市の国立民族博物館の初代館長です。
 
昭和通商の民族学者たちは満州や蒙古、中国、チベットを調査し、それは異民族を効率的に支配するための情報収集のために働いていました。民族学・人類学は植民地支配のための学問だったのです。
 
 
日本に潜入したエージェントとして、初代CIA局長のポール・ブルームはヘミングウェイやジャン・コクトーを友人に持ち、日本文化の最高のコレクターであり、最高の知識人でしたが、死んだ後にCIAのスパイであったことが判明しました。ポール・ブルームの日本文化コレクションは横浜市の資料館でブルーム・コレクションとして公開されています。
 
 
日本文化の最高の研究者ドナルド・キーン教授の前職はアメリカ海軍情報部の情報士官であり、軍事諜報エージェントであることは知られていません。
 
 
旧ソ連や東欧のエージェントたちは大学教授やジャーナリストを名乗って西側に潜入しましたし、西側のエージェントたちもジャーナリストや大学教授を偽の職業として敵国に潜入します。
 
2018年にはポスト構造主義の女性哲学者、ジュリア・クリステヴァがブルガリアKGBのエージェントであることが発覚しました。
 
 
2018年3月30日フランスのニュース雑誌“L’Obs”
「ジュリア・クリステヴァはブルガリアKGBのエージェントだった」
Julia Kristeva agent du “KGB bulgare”
 
 
小説家の世界もサマセット・モームやグレアム・グリーン、イアン・フレミング、ジョン・ルカレは本人も認めるイギリス諜報部ですし、数年前はフレデリック・フォーサイスがイギリス諜報部であったことが判明しました。コナン・ドイルやH・G・ウェルズが第一次世界大戦で対ドイツ諜報戦のプロパガンダ・エージェントであったことは、数年前に私も知りました。たぶんイギリス人たちのほとんどは知らないはずです。
 
 
ジェームズ・C・スコットがビルマで行った人類学フィールドワークは、明らかにヴェトナム戦争の最中で、ある意味をもったものでした。
 
ジェームズ・C・スコットが極右国家主義者から反国家主義のアナキストに転向してから「家畜化」「奴隷化」に反発する著作を書いたのは、キャリアから意義深いことです。この本は読む価値があります。
 
 

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