【BOOK】『ネット右派の歴史社会学 アンダーグラウンド平成史1990-2000年代』

 
 
伊藤 昌亮
青弓社 (2019/8/14)
 

 
成蹊大学社会学部、伊藤昌亮教授による素晴らしい文献です。
 
2017年3月の塚田穂高准教授の『徹底検証 日本の右傾化』、2018年2月の倉橋耕平先生の『歴史修正主義とサブカルチャー』(青弓社)、2019年5月の『ネット右翼とは何か』と、2010年代後半に日本の人文科学・社会科学の粋を集めた素晴らしい研究書が出版されましたが、その決定版です。
 

 

 

 
 
冷戦が終結した1991年から2021年に至る日本の30年は「ネット右派」の30年でした。
1990年代に20代だった若者は、2020年代には50代を迎えます。
 
文芸春秋社が出版していたオピニオン誌『諸君!』や、小学館の1989年の『SAPIO』創刊から第1章は始まります。
 
わたしは父の影響で、10代の思春期である1980年代に極右オピニオン雑誌『諸君!』を毎月、読んでいましたから感慨深いです。右派オピニオン雑誌『SAPIO』も読んでいました。父の本棚には、誰もが認める本物の右翼である野村秋介さんの書いた『さらば群青―回想は逆光の中にあり』が並べてあり、わたしも感動して影響を受けました。
 

 
 
いま思えば、インターネット登場以前のオールド右派に10代で影響を受けたため、1995年のウィンドウズ95発売以降、インターネットの普及にともなった「ネット右派の30年」に距離をとることができたのは幸運でした。
 
野村秋介さんがご存命なら、現在の人種差別主義者中心の「ネット右翼」「ヘイター」に本気で怒って、全力で闘っていると確信しています。野村秋介さんは弱いものイジメを何よりも嫌悪する方であり、在日韓国人の友人を守るために何度も命がけで闘ってきたことは有名なエピソードであり、だからこそ尊敬されていました。
 
1994年8月、自民党・さきがけ・社会党の村山富市政権が成立します。
1995年1月、阪神淡路大震災、オウム真理教により地下鉄サリン事件が起こります。
1995年9月から小林よしのりの『新ゴーマニズム宣言』が『SAPIO』ではじまります。
1995年11月、ウィンドウズ95が日本で発売されます。
1996年3月、薬害エイズ訴訟で菅直人厚生労働大臣が原告に謝罪したことを小林よしのりが『新ゴーマニズム宣言』で市民運動の勝利を感動的に描き出しました。ただ、まともだったのはここまでで、小林よしのりはこのあと市民運動批判、リベラル批判、朝日新聞批判に転じます。ネット右派は小林よしのりの『新ゴーマニズム宣言』などの漫画サブカルチャーを入口にしたものが多く、リベラル批判、朝日新聞批判は、このあと25年もネット右派の論調の基礎となります。
 
1997年1月、共産党員だった藤岡信勝により、新しい教科書をつくる会が結成されます。藤岡信勝はディベート教育の専門家であり、ここから「論破」の文化が始まります(※『歴史修正主義とサブカルチャー』参照)。
 
1997年5月、日本会議が結成されます。中心は生長の家など新宗教の右翼学生運動をおこなっていた人物です。元・共産党員と新宗教の右翼とインターネットの登場が重なって、ネット右派が形成されていきます。
 
1999年5月、西村博之が2ちゃんねるを開設します。
 
1999年10月、自民党・自由党(小沢一郎)・公明党の自自公連立政権(小渕内閣)が発足します。最後の竹下派(旧・田中派)の首相です。
 
2000年4月、森喜朗内閣が成立します。ここから清和会(旧・福田派)中心の政権が20年続きます。この2000年前後から、日本の農本主義的なディープ・エコロジーに基づく右派にネオナチ思想との親和性から人種差別的な要素が入ってきます。
 
2001年4年、小泉純一郎内閣が成立します。
 
2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が起こります。10月には、アメリカのアフガニスタン侵攻がはじまります。
 
2002年5月、日韓ワールドカップが開催され、イラク戦争が起こった2003年には『冬のソナタ』で韓流ブームが起こり、2005年には漫画『嫌韓流』が出版されます。
 

 
2004年4月、チャンネル桜が成立し、2004年11月には右派雑誌『WILL』に花田紀凱編集長が就任します。花田紀凱は2016年には『月刊HANADA』を創刊します。
 
2006年4月、安倍晋三内閣が成立。
2006年12月、在特会結成。
2007年9月、福田康夫内閣が成立。
2008年1月、橋下徹が大阪府知事就任。
2008年9月、リーマンショックが起こる。
2008年9月、麻生太郎内閣が成立、10月に田母神俊雄航空幕僚長が更迭。
2008年11月、アメリカでバラク・オバマの民主党政権が成立。
2009年9月、民主党の鳩山由紀夫政権が成立。
2010年6月、民主党、菅直人政権が成立。9月に尖閣列島で中国漁船が海上保安庁巡視船に衝突。同時期に中国のGDPが日本を抜いて世界2位となる。
2011年3月、東日本大震災・福島第一原発事故が起こる。
2011年9月、民主党・野田佳彦内閣が成立。
2012年8月、韓国の李明博大統領が竹島に上陸し、9月に日本政府は尖閣諸島を国有化。
2012年11月、中国の習近平が主席に就任。
2012年12月、自民党は選挙で大勝し、第2次安倍晋三内閣が成立。ここからテレビ局では「日本スゴイ!番組」が激増し、ヘイトスピーチが社会問題化していく。
2013年9月、東京オリンピックの招致が決定。
 
2013年くらいまでは、インターネット掲示板「2ちゃんねる」と「まとめサイト」がネット右翼増殖の根源でした。
 
2013年5月から、フィリピン・マニラのジム・ワトキンスが「2チャンネル」のドメインを管理します。
 
2014年2月から、フィリピン・マニラのジム・ワトキンスが「2チャンネル」の実質管理人となり、西村博之との間で法廷闘争が起こり、2017年に「5ちゃんねる」となります。
 
2014年8月にはアメリカの匿名掲示板「8chan」の管理人もジム・ワトキンスとなります。
驚くことに、2014年からスティーブ・バノンとケンブリッジ・アナリティカは「4chan(2ちゃんねるのアメリカ版)」を研究していたそうです。
 
2015年9月から西村博之(ひろゆき)がアメリカ版2ちゃんねるである匿名掲示板「4chan」の管理人となります。ここからアメリカに日本の2ちゃんねるのネット右翼文化、反フェミニズム文化、外国人嫌悪が輸出されます(※清義明氏の調査報道参照)。
 
2016年8月、スティーブ・バノンがトランプ陣営の選挙対策部長となります。
スティーブ・バノンが副社長を務めるケンブリッジ・アナリティカは、Facebookのビッグデータを用いて女性嫌悪と外国人嫌悪の「部族」をすでに2014年から2015年頃には発見していました。
 
さらにトランプ支持者の中にナルシシズム、マキャベリアニズム、サイコパシーという心理学的な「闇の三大属性ダークトライアド」を発見し、SNS情報操作を行うことで選挙結果を有利に導き、2017年1月にトランプ政権を誕生させました。
 

 
 
ダークトライアド(闇の三大属性)は、世界中でインターネットの「荒らし行為」をする人々の性格分析から共通して導き出されています。
 
2017年5月にはケンブリッジ・アナリティカの選挙介入が明らかとなり、2018年5月にはケンブリッジ・アナリティカは破産・廃業しています。
 
2018年8月、トランプ再選キャンペーンのなかでQアノン陰謀論が広がりはじめました。
 
2019年12月、新型コロナウイルスCOVID19のパンデミックが始まるなか、2020年アメリカ大統領選挙ではQアノン陰謀論が世界中に拡散されます。
 
2021年1月6日、Qアノン陰謀論者によりアメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件が起こり、5人の死者が出ました。
 
2021年3月、ドキュメンタリー映画『Qイントゥ・ザ・ストーム:Qアノンの正体(Q: Into the Storm)』が放送され、Qアノン陰謀論を世界に拡散させたのが、日本の札幌に住む匿名掲示板2ちゃんねると8chanの管理人、ロン・ワトキンスとジム・ワトキンスであることが判明しました。Qアノン陰謀論は、匿名掲示板のアクセス数がかせげるというのが動機のようです。
 
2020年11月頃から日本でもトランプ支持デモが全国で行われるのですが、参加者は統一教会、幸福の科学、法輪功といった東アジアのカルト宗教と、チベット人、ウイグル人という反中親米グループでした。
 
 
日本のネット右翼論客の多くはトランプ支持とQアノン陰謀論に染まっていくのですが、もともと日本のネット右翼文化がアメリカに輸出されて、日本に逆輸入された形なので、親和性が高いのも当然です。
 
日本のネット右翼の文化、女性嫌悪と外国人嫌悪がトランプ政権とスティーブ・バノン経由で世界に拡散されて、いまの世界をつくりました。
 
2021年は、社会科学の成果を用いてネット右派の世界的興隆のナゾをほとんど解明できた記念すべき年でした。
 
さらに現在は、世界中の社会科学者がこの現象を解明するための研究を発表しています。
 
世界中、例えばロシアや中国、フィリピンやブラジル、日本では選挙で権威主義体制が支持されています。
これは、エーリヒ・フロムの言う「自由からの逃走」です。
 
スティーブ・バノンはフランスの思想家ルネ・ゲノンやイタリアの思想家ユリウス・エボラに大きな影響を受けていました。
ゲノンとエボラは、ファシズム全体主義の形成に影響を与えた思想家たちです。つまり、いま、世界を覆っているのは、世界史では2度目の「全体主義」「ファシズム」「権威主義」の流行なのです。
 
 
【目次】
はじめに
第1章 新保守論壇と嫌韓アジェンダ――一九九〇年代前半まで
第2章 サブカル保守クラスタと反リベラル市民アジェンダ――一九九〇年代半ばまで
第3章 バックラッシュ保守クラスタと歴史修正主義アジェンダ――一九九〇年代後半まで
第4章 ネット右派論壇と保守系・右翼系の二つのセクター――一九九〇年代後半まで
第5章 ネオナチ極右クラスタと排外主義アジェンダ――二〇〇〇年前後まで
第6章 2ちゃんねる文化と反マスメディアアジェンダ――二〇〇〇年代前半まで
第7章 ネット右派の顕在化――二〇〇〇年代後半まで
第8章 ネット右派の広がりとビジネス保守クラスタ――二〇一〇年前後まで
あとがき
 
 

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