ビッグファイブと存在脅威管理理論(TМT)

 
 
小塩 真司
‎ 中央公論新社 (2020/8/20)
 

 
 
早稲田大学教授で教育心理学の博士である小塩真司先生によるビッグファイブ理論の歴史と解説の入門書です。
 
1980年代までの心理学はあまり役に立たない、どちらかというと文学的なものでした。
 
1980年代から1990年代にビッグファイブ理論がコンピューターと統計学の発達により精緻化されていきます。決定的だったのは、2000年代から2010年代のFacebookなどのSNSのビッグデータの存在とAIの発達です。
 
 
2015年1月27日『アメリカ科学アカデミー紀要(PNAS)』
「コンピューターによる性格診断は人間による性格診断より正確である」
Computer-based personality judgments are more accurate than those made by humans
Wu Youyou et al.
PNAS January 27, 2015 112 (4) 1036-1040; first published January 12, 2015;
 
 
 
ケンブリッジ大学の精神医学者とスタンフォード大学のコンピューター学科の研究者による研究で、Facebookのビッグデータを用いた性格診断に関する論文です。
 
現在、GoogleやFacebookのデータ・サイエンティストたちは、購買や政治などの人間行動やユーザーの性格を解明しようと全力で競争しています。その社会的影響を考えると2010年代に起きたサイエンス分野での最大のパラダイム・シフトといえると思います。
 
 
『性格とは何か』で、もっとも印象的なのは以下の分析です。
 
以下、引用。
 
ここでは存在脅威管理理論という考え方が興味深い洞察につながると考えられる。わたしたちは死をさけることはできない。この死を避けることができないという事実は、わたしたちに脅威をもたらす。その脅威をやわらげるために、人は宗教や芸術などを拠り所にしようとする。そして、自尊感情を高めることも、死の脅威をやわらげることにつながる。実際に、実験によって「いつか死ぬのだ』という運命を強調すると、自尊感情への関心が強まり、自尊感情の高まりは死への不安を和らげることが示されている。
 
私たちが死への恐怖に直面すると何が起こるのだろうか。そこでは自尊感情以外に死への恐怖を和らげる仕組みが必要になる。その一つが自分自身をより大きな枠組みと同一視することである。
 
多くの人々が死への恐怖に直面させられた東日本大震災以降に、日本のすごさを喧伝するテレビ番組が次々と作られていったことも、このことを反映しているのかもしれない。
 
 
存在脅威管理理論(TМT:Terror management theory)は、1973年に人類学者、アーネスト・ベッカーによって提唱され、2015年にアリゾナ大学教授であるジェフ・グリーンバーグ、シェルドン・ソロモン、トム・ピシュチェンスキーによって体系化された社会心理学理論です。
 
これは、40年以上の多数の実験に裏付けられた理論であり、反証するには心理学実験を行うしかないのですが、多くの人が感情的反発のみをするという認知的不協和を目の前で観察・体感できる理論です。
 
ヒトは死の恐怖を感じると、恐怖や不安を打ち消すような行動をとります。
 
『ジュラシックパーク』『ER』の原作者、マイケル・クライトンは、ハーバード大学医学部に入学し、最初の解剖実習の際に学生たちが御遺体の臓器でキャッチボールをしている風景を描写しています。
これは、臓器キャッチボールをすることで「わたしは死が怖くない」と強くアピールする意味があります。暴走族の少年がバイクで死んだら、追悼でバイク暴走するような行為です。
 
妊婦や子供連れの主婦を電車の中でイジメる高齢者や、保育園の子どもの声でイライラして訴訟を起こす高齢者は、まさに「生命を感じるもので死を連想し、それを攻撃するのではないか」と存在脅威管理理論の研究者たちは実験をもとに論じています。
 
「死が怖い」というのは「生命が怖い、生きるのが怖い」状態です。生き物への恐怖です。
 
そして、死の恐怖を感じると仲間びいきが起こります。心理学用語で仲間びいきは内集団バイアスといいます。
死の恐怖や不安を感じると、自分をより大きな枠組み、集団の一部として感じて「日本スゴイ!」と叫んでしまう現象が存在脅威管理理論の研究で言われています。
 
進化論的にも、ネアンデルタール人やクロマニョン人が集団同士で戦争・抗争するときは、「おれたちスゴイ」と叫んで恐怖を克服しようとする集団のほうが生き残りやすかったと推測できます。
 
 
2012年東京大学
「死の顕現性が自己と内集団の概念連合に与える影響」
渡辺 匠, 唐沢 かおり
『実験社会心理学研究』2012 年 52 巻 1 号 p. 25-34
※これらの結果は、死の顕現性が高まると、自己と内集団の概念連合が強化されることを示唆している。
 
 
非常に面白いのは、これらの死の恐怖に対する内集団バイアスの強化という存在脅威管理理論では、オキシトシンという生理学的根拠があるのではないかと論じられていることです。まさに生理学・進化論に基づくアプローチです。
 
 
2011年『アメリカ科学アカデミー紀要(PNAS)』
「オキシトシンが、人類のエスノセントリズム自文化中心主義を促進する」
Oxytocin promotes human ethnocentrism
Carsten K. W. De Dreu
Acad Sci U S A. 2011 Jan 25; 108(4): 1262–1266.
Published online 2011 Jan 10.
 
 
2014年「オキシトシンは国民や国旗と関係しているが、他の文化シンボルや消費用商品とは関係しない」
Oxytocin increases liking for a country’s people and national flag but not for other cultural symbols or consumer products
Xiaole Ma,et al.
Front Behav Neurosci. 2014; 8: 266.Published online 2014 Aug 5.
 
 
オキシトシンのレベルが高くなると愛国的になり、他国民に排外的になります。
 
2012年にナチスドイツの移動虐殺部隊(アインザッツグルッペン)の本を読みました。
 
 
クリティアン・アングラオ著
2012年12月河出書房出版
 
 
 
 
日本語では、ほぼ唯一の移動虐殺部隊に関する文献です。
 
移動虐殺部隊の任務は「知識人狩り」「共産主義者狩り」でした。東部戦線で赤ちゃんにとんでもない残虐行為をしたドイツ人男性は、奥さんに「もし自分が、この地域の共産主義者(ロシア人)やユダヤ人にこれをしないなら、自分の子どもたちはもっとひどい目にあうだろう」という手紙を書きます。手紙にあふれているのは、共産主義者・ロシア人・ユダヤ人への凄まじい恐怖でした。
 
ナチス・ドイツのエリートたちは「殺される前に攻撃しなければいけない」と恐怖にかられながらベルギーやオランダ、フランス、チェコ、ベラルーシを侵略します。客観的には完全に違いますが、ナチス・エリートの中ではベルギー・オランダ・フランスへの侵略さえ「防衛戦争」でした。
 
ナチスのエリート部隊は外敵への恐怖に震えながら虐殺行為を行っていました。精神、肉体ともに完璧と思われていたナチスのエリートたちは、究極の臆病者でした。これは大発見でした。
 
ポーランドやベラルーシでナチスの大学を出たばかりのエリート達がやったことは、とても描写できません。ISイスラム国やメキシコ麻薬カルテル並みです。それは男としての通過儀礼のように扱われました。
 
ドイツとソ連間の東部戦線で残虐行為を「学習」した男たちがドイツに戻り、さらに行為をエスカレートさせていきます。若く、自信はないがエリートとしてのプライドだけはある臆病者が、東部戦線で「異民族の子ども達に残虐行為ができることが男らしさ」と教え込まれ、立派なナチス・エリートとして次の世代を育てたのです。
 
憎む人の本質は、死の恐怖と不安でいっぱいの臆病者でした。存在脅威管理理論とビッグファイブ理論、Facebookのビッグデータによる人間行動の分析は、2010年代後半から人間観を変えるような変化をもたらしています。この分野はさらに研究していこうと思います。
 
 

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