腸内細菌、免疫、神経炎症と科学雑誌『ネーチャー』の最新研究とパラダイム・シフト

 
 
2021年11月 北京中医薬大学
「電気鍼は腸内細菌叢を調整してアルツハイマー病動物モデルの学習と記憶を改善する」
Electroacupuncture could balance the gut microbiota and improve the learning and memory abilities of Alzheimer’s disease animal model
Jing Jiang et al.
PLoS One. 2021; 16(11): e0259530.
Published online 2021 Nov 8https://www.ncbi.nlm.nih.gov/labs/pmc/articles/PMC8575259/
 
 
以下、引用。
 
われわれの研究から、電気鍼はアルツハイマー病動物モデルの脳内のグルコースのレベルで代謝を調整し、脳内血流を調整した。そして、ミクログリア細胞の活性化を調整することによって神経炎症を阻害した。この研究では、電気鍼がアルツハイマー病動物モデルの神経炎症と腸内細菌叢の調整にどのような役割を果たしているか、そのメカニズムを探求する。」
 
 
昨年、YouTubeの『東洋医学の最新情報』をつくっていて印象的だったのは、鍼の治効機序と腸内細菌の研究の激増です。2022年に入ってからも、激増している傾向は変わりません。
 
一つの契機になったのは、2021年1月に科学雑誌『ネーチャー』に掲載された、以下の論文だと思います。
 
 
2021年1月『ネーチャー』
ハーバード大学医学部リアーナ・サンマルコ、フランシスコ・キンタナ著
「腸でライセンスされたインターフェロン・ガンマとナチュラルキラー細胞がLAMP1TRAIL+抗炎症アストロサイトを駆動する」
Gut-licensed IFNγ+ NK cells drive LAMP1+TRAIL+ anti-inflammatory astrocytes
Liliana M. Sanmarco Francisco J. Quintana et al.
Nature. 2021 Feb; 590(7846): 473–479.
Published online 2021 Jan 6.
 
 
 
難解ですが、以下のドイツ・ライプチヒ大学のピーター・イレス先生が共著者の論文を読んで、ようやく意義が理解できました。
 
ピーター・イレス先生は、成都中医薬大学の「プリン・シグナリングを解明するための鍼と推拿の国際共同センター」の研究者でもあります。
 
 
2021年4月
「抗炎症アストロサイト細胞について分かったこと:脳のディフェンスを形成する腸内細菌叢の役割」
The anti-inflammatory astrocyte revealed: the role of the microbiome in shaping brain defences
Alexei Verkhratsky , Peter Illes et al.
Signal Transduct Target Ther. 2021 Apr 10;6(1):150.
 
 
以下、ピータ・イレス論文より引用。
 
ハーバード大学医学部のフランシスコ・キンタナが『ネーチャー』で最近、発表した論文は、アストロサイト抗炎症細胞が腸内細菌叢と髄膜ナチュラルキラー細胞によって変化することを記述している。
 
抗炎症性アストロサイト細胞の状態の変化は、髄膜ナチュラルキラー細胞によって調節されており、髄膜ナチュラルキラー細胞は全身性免疫、特に腸内細菌叢によって制御されている。
 
腸内細菌叢ーナチュラルキラー細胞ーアストロサイト軸は明確に、中枢神経システムの機能を調整する基礎的なシステム要素であることを示している。
 
 
腸内細菌叢ーナチュラルキラー細胞ーアストロサイト軸こそが、2021年のネーチャー論文が提出したパラダイム・シフトです。
 
 
ドイツ・ライプチヒ大学のピーター・イレス先生は2019年にも「P2Xレセプターと鍼鎮痛」という重要論文を書かれています。
 
 
2019年9月
「P2Xレセプターと鍼鎮痛」
P2X receptors and acupuncture analgesia
Peter Illes et al.Brain Research Bulletin
Volume 151, September 2019, Pages 144-152
 
 
また、2020年に「鍼鎮痛におけるプリン受容体メカニズム」という重要論文を書かれています。
 
 
2020年6月30日ピーター・イレス
「鍼鎮痛におけるプリン受容体メカニズム」
Purinergic mechanisms mediate acupuncture-induced analgesia
Peter Illes,et al.
Longhua Chinese Medicine
Vol 3 (June 2020) Published: 30 June 2020.
 
 
 
ピーター・イレス先生の2020年6月の論文は、アデノシンA1受容体による鎮痛について、ケラチノサイトよりも肥満細胞によるATPの放出という仮説を提出しています。
 
また、P2X7受容体は中枢神経におけるマクロファージに分布していることを指摘されています。
 
これはミクログリア細胞による鍼鎮痛につながりますし、鍼による鎮痛と免疫への通路となります。
 
 
また、TRPV受容体やASIC3との関連を指摘しています。
この論文は従来の論文を交通整理することで、未知の領域に踏み込む仮説を多数、提出しているのが素晴らしいです。
 
 
TRPVは、Transient Receptor Potential Vanilloidを省略した用語です。Transientは「一過性の」という意味で、受容器電位が一定しないという意味です。
 
vanilloidとはバニリル基を持った化合物のことで、カプサイシンやバニリンを含みます。
トウガラシの主成分であるカプサイシンは辛味と共に痛みを引き起こします。
 
TRPV1は皮膚のケラチノサイト、感覚神経末端、脳、内臓でも多く確認されている受容体です。 TRPV1受容体は43度以上の温度、侵害刺激、酸、電圧などに刺激されます。 侵害刺激やカプサイシン刺激で細胞膜にあるTRPV1受容体が活性化され、イオンチャネルが開口し、カルシウムイオン(陽イオン)が細胞内に流入すると脱分極が引き起こされ、活動電位が発生します。ショウガで熱感が生じるのはTRPV1受容体の働きです。
 
鍼による結合組織の歪みや43℃以上の温熱刺激、生姜灸、電気鍼などの物理刺激を電気信号に変換して、神経に伝達します。
 
 
神経科学者、ジェフリー・バーンストック先生がプリン受容体を2000年代に研究しました。ジェフリー・バーンストック先生のプリン受容体研究は長い間、受け入れられませんでした。
 
 
2010年にロチェスター大学の神経科学者、マイケン・ネダーガードが、ナンナ・ゴールドマンと『ネーチャー・ニューロサイエンス』に歴史的な鍼の研究を発表しました。鍼は神経を刺激するのではなく、皮膚・皮下組織・結合組織を歪ませることでケラチノサイトからATPが放出されて、P2X3受容体を介して鎮痛作用を発現するというのです。 ATPが鍼の鎮痛に重要な役割を果たすことが判明しました。皮膚・皮下・結合組織の歪みと引っ張りが鎮痛を引き起こします。
 
 
2010年
「アデノシンA1受容体を介した局所の鍼の抗侵害受容的効果」
Adenosine A1 receptors mediate local anti-nociceptive effects of acupunctureNanna Goldman,Maiken Nedergaard. et al.Nature Neuroscience 13, 883–888 (2010)
 
 
上記の論文は、イギリス国営BBC放送で「鍼の鎮痛の分子を特定」と大きく報道されました。
 
 
2010年5月30日イギリス国営『BBC』
「鍼の痛み分子が特定された」
Acupuncture pain molecule pinpointed
 
 
2021年の『ネーチャー』論文で、グリア細胞活性化による神経炎症の阻害と海馬と鍼の治効機序、免疫と腸内細菌叢がつながりました。
 
2010年には想像もしていなかった地点に、鍼の治効メカニズムの研究は到達しています。
 

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