【BOOK】『日本の生命科学はなぜ周回遅れとなったのか 国際的筋肉学者の回想と遺言』

 
杉晴夫 光文社 (2022/4/12)

 
 
杉晴夫先生の本は名著『筋肉はふしぎ―力を生み出すメカニズム』を読んだことがあります。アクチンやミオシン、ATPなど、筋収縮のメカニズムをはじめて理解できた気持ちになれました。

 
 
未読ですが、杉晴夫先生は『生理学からみた鍼灸効果研究の現在』という鍼灸に関する本も書かれています。
 

 
 
これも未読ですが『現代医学に残された七つの謎―研究者の挑戦を拒み続ける人体の神秘』では、第1章で鍼灸がドイツで科学的根拠を認められて保険適応されたことから鍼灸の科学を論じ、「鍼灸に保険が認められないのはおかしい」と杉先生は論じられているそうです。
 

 
 
新著でも同じ主張を書かれています。
「日本の生命科学はなぜ周回遅れとなったのか?」は、以前からわたしが感じていたことを経験とファクトから詳細に論じられています。 
 
まず、日本の理系には、明らかな認知の歪みがあり、特に医系はその傾向が強いと思います。日本の人文科学・社会科学など文系の学問は国際的に学術レベルが高く、信頼されていますが、現在の日本の理系、医系については世界一の研究捏造大国と題する記事すらあります。
 
 
2016年05月28日『東洋経済オンライン』
『日本が世界一の「研究捏造大国」になった根因』
 
以下、引用。
2014年まで11年間の撤回論文数のワーストワンは日本人、ワースト10に2人、30位内に5人も名を連ねている。
 
日本は捏造が多く、ほかの国は盗用が多い。
 
研究不正は2000年まで日本では目立つものはなかった。2000年に麻酔科医が摘発されて以降、次から次へと出てきている。
 
【研究不正は医学、生命科学に多い?】
数学のように厳密にロジックを考える分野は下手なことをすればバレる。医学、生命科学における現象データの場合は追求されても、そのときはこうなったと言えば通るところがある。
 
 
EBМ診断学で問題になる「感度」「特異度」「尤度比」など、コロナ禍でやたらと取り上げられたベイズ統計学については、1980年代に社会学や心理学などの文系の分野ではすでに確率統計的な科学認識論へのパラダイム・シフトが起こっていました。
 
津田敏秀先生が『医学と仮説――原因と結果の科学を考える』『医学的根拠とは何か』で日本の医学界の科学哲学・科学認識論が世界の常識からかなり時代遅れになっていることを指摘しています。 
 

 

 
 
わたしは1990年代に医学の勉強を始めたころから「科学認識論が古過ぎる」と感じていたことを2010年代に津田敏秀先生が指摘された形になります。
 
1990年代から2022年にかけての30年でわたしが感じたのは、日本特有の権威主義の問題です。もちろん、海外でも同様の問題はありますが、相対的に日本のほうが大きいと感じます。
特に学者の権威主義的パーソナリティや権威に訴える論証の問題が大きいです。
 
 
さらに、御用学者の問題です。津田敏秀先生は『医学者は公害事件で何をしてきたのか』で、まさに御用学者の問題を論じられました。
 

 
 
杉晴夫先生も、日本の明治維新以降の学問や大学の成り立ちの歴史から論じられています。
この日本の学会における御用学者と権威主義の問題はそれほど根が深いのです。
 
日本はまだ『人新世の「資本論」』という本が50万部も売れるという世界有数の知的な国であり、少なくとも人文科学系と社会科学系は世界的に優れています。
 

 
 
杉晴夫先生が新著でも、鍼灸が国際的にも科学的に認められているという事実を受け入れない日本の体制を「滑稽」と批判しているのは象徴的だと思います。
 
パラダイム概念を提唱した科学哲学者トーマス・クーンのライバルであった科学哲学者パウル・ファイヤアーベントは『方法への挑戦―科学的創造と知のアナーキズム』で、中国伝統医学や鍼灸から影響をうけて科学哲学という学問全体を新たなステージに到達させました。これは科学哲学だけでなく、西洋哲学全体における思想史的大事件でした。
 

 
明治時代以降の権威主義をいかに捨てるかこそが大きな問題になると思います。
江戸時代の日本の科学は、数学における関孝和など世界的にトップレベルでしたが、全員が民間のインデペンデント科学者でした。
 
近代が終わり、ポストモダンに移行している今、明治維新以降の大学や近代教育がまさに崩れ去ろうとしています。
 
権威主義を捨て、補完代替医療の世界に移行し、教育や知の世界をインデペンデント科学者が再構築する必要性があります。
 
 

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