耳介療法における「マスター・ポイントO’」

1999年1月19日『ニューヨークタイムス』
「脳の両半球に焦点をあてたうつ病の新理論」
New Theories of Depression Focus on Brain’s Two Sides

ポール・ノジェ先生の耳介療法に「マスター・ポイントO’」があり、左右の脳半球のバランスをとるという主治が書かれています。

最近は脳の非対称性や脳の左右の側性・かたよりを研究してきました。

歴史的には日本独自の医学界のローカルな研究・言論事情があります。1980年代から1990年代に日本では医師の角田忠信氏が「日本人は虫の音を西洋人と違うかたちで聴いている」という特殊な「右脳/左脳理論」が流通していたからです。これは典型的な疑似科学と現在ではみなされています。

以下、引用。

かつては流行のトピックであった左脳/右脳についての関心が、うつ病の新しい2つの新理論で再燃している。

ロサンゼルスで11月にあった神経科学学会の総会で、オーストラリアのクイーンズランド大学の神経科学者であるジャック・ペティグリューは、躁病の人には脳の深部にスイッチがあると発表した。

普通の人では、異なるメンタル・タスクを実行する際には左脳/右脳のいずれかが優位にスイッチが入り、両側が交互に交代する。躁病の人は、一方はうつにロックされ、一方は躁にロックされる。これは奇妙な発見である。ジャック・ペティグリューは、耳に氷水を入れるとスイッチが外れることを発見した。

ジャック・ペティグリューはオーストラリア・クイーンズランド大学の視覚触覚聴覚研究センターの教授で、立体視を研究した神経科学者です。

2000年ペティグリュー
「大脳皮質スイッチは視覚の半球優位を媒介する」
Interhemispheric switching mediates perceptual rivalry
John D.Pettigrew
Current Biology Volume 10, Issue 7, 1 April 2000, Pages 383-392

以下、引用。

2番目の理論は、ハーバード大学医学部の精神科医であるフレデリック・シファー博士によって提唱されている。彼は一方の半球がもう一方の半球よりも未成熟である可能性があり、この不均衡がさまざまな精神障害につながると主張している。

シファー博士は、人々が脳の各半分に別々に「話す」のを助け、どちらが成熟していないかを学び、2つの半球を調和させるために特別なゴーグルを設計した。

ペティグリュー博士によると、左脳/右脳が毎日のタスクの間、交代するというエビデンスは十分ある。視覚野は数秒ごとに優位な半球がスイッチし、前頭葉は数時間ごとにスイッチする。

ほとんどの人は視覚の場合、左右の脳のスイッチに2秒から3秒かかる。しかし躁病の患者は20秒から30秒かかる。

「大脳半球の間には固い、動きにくいスイッチがあると思う」とペティグリュー博士は言う。イタリアの科学者が数年前に観察したところでは、奇妙なスイッチの動かし方がある。

あたまを30度傾けて氷水を耳から入れると反対側の脳半球が活性化する。左耳に氷水を入れると躁病の状態がマシになり、うつ病は右耳から氷水を入れる。

耳の中の氷水は、神経科学者たちが宇宙飛行士の宇宙酔いの研究で伝統的に使っているテストである。なぜ氷水が大脳半球を刺激するのかはわからない。しかし、それは一方の耳から刺激することで人が宇宙のどこにいるのかを知らせ、脳の反対側にコネクトする。ペティグリュー博士は躁うつ病を患っており、左耳に氷水を入れてみたのである。

「耳道に氷水を入れる」事と「耳介に鍼を刺す」のが、本質的にどう違うのかです。

『ニューヨークタイムズ』の記事を読むと、凄いネタバレが最後にあって驚きました。ペティグリュー博士の発想は天才的です。

もう一人のフレデリック・シーファー博士は現在もハーバード大学の准教授の精神科医です。インタビューを読みましたが、うつ病の大脳半球優位に基づく治療法は半分にしか効かないため、他の研究者が関心を失ったと言われていますが、半分も効いたらスゴイと思います。おそらくうつ病は単一の病因ではないのです。

2021年にドイツ・ハンブルク医大の研究者たちがレビュー論文を書いています。

2021年12月14日
「中枢神経システムにおける非対称性:神経科学による臨床展望」
Asymmetry in the Central Nervous System: A Clinical Neuroscience Perspective
Annakarina Mundorf,
Front Syst Neurosci. 2021; 15: 733898.
Published online 2021 Dec 14.

※自閉症スペクトラム障害に関して、非対称性は明らかなようだ。注意欠陥多動障害も非対称性を示す。失読症も非対称性は明らかである。

2022年4月16日
「うつ病における大脳半球優位と感情調節との関係:システマティックレビューとメタアナリシス」
The relationship between emotional regulation and hemispheric lateralization in depression: a systematic review and a meta-analysis
Natia Horato et al.
Transl Psychiatry. 2022; 12: 162.Published online 2022 Apr 16.

2022年時点で、うつ病の分野で結論が出ていないことは理解できました。

うつ病の分野で有力なのは背外側前頭前野皮質のようです。

研究史を調べていくと、日本では1980年代から1990年代に角田忠信理論が盛り上がってしまい、同じ時期に欧米で起こった認知革命やfMRIを使った脳研究などの科学革命についていけなくなった印象があります。

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