天回医簡の原初の経絡


2024年9月
「『天回漆人形』の経絡図に描かれた経脈の支脈とネットワーク― 心経を例に」
The Channel Branches & Network Vessels on the Tianhui Lacquered Meridian Figurine—Taking the Heart-
ZHOU, Qi(中国中医科学院中药研究所)
Springer, Lena
Chinese Medicine and Culture 7(3):p 222-232, September 2024.



2025年1月12日の「第9回鍼灸医学史研究発表会」での天回医簡の発表は非常に素晴らしく、勉強になりました。
特に閒别脉の概念は、目からウロコが落ちる思いで、経絡の形成過程についての考え方が変わりました。

上記論文著者の1人、レナ・シュプリンガー博士はウィーン大学で中国学の博士号を取得しました。現在はロンドン大学で中国伝統医学の研究を行い、2025年11月にドイツ語で著作『中国医療文化における医療知識1926-2015(Arztgeschichten: Zur chinesischen Medizinkultur, 1926-2015)』を出版予定です。

以下、引用。

馬王堆から『足臂十一脈灸経』『陰陽十一脈灸経』が発見され、張家山から『脈書』が発見されると、初期の経脈がどのようにして『十一経脈』から『十二経脈』に進化したのかについて議論が起こった。


1973年に中国・湖南省長沙の馬王堆の漢墓から医書『馬王堆帛書』が出土しました。鍼灸師にとっては、その中の
陰陽十一脈灸経や足臂十一脈灸経に『黄帝内経』の『霊枢・経脈篇』よりも古い経脈が書かれていたことが驚きでした。なによりも『霊枢・経脈篇』の十二経脈ではなく、十一経脈というのが衝撃でした。この前後には、多くの墓から医書が発掘されます。

1968年:満城漢墓 ※4本の金鍼と5本の銀鍼が出土。  
1972年:馬王堆漢墓  
1972年:武威漢墓医簡 ※木簡に足三里や肺兪などのツボが初出している
1983年:張家山漢墓竹簡 ※『脈書』で陰陽十一脈灸経と類似した経脈が論じられている。
1993年:綿陽市の双包山漢墓の経脈漆木人形

2012年、中国・四川省成都市金牛区天回鎮老官山漢墓三号より、経絡人形、経絡漆人や『脉书·上经』『脉书·下经』『逆顺五色脉臧验精神』『犮理』『刺数』『治六十病和齐汤法』『疗马书』『经脉』などの医書が発見されました。いわゆる『天回医簡』です。

以下、2024年論文より引用。

1993年に四川省・綿陽市・双包山漢墓で経絡図が発見され、前漢初期に十二経絡のシステムが確立されていたことが大まかに確認された。

2012年に成都市天回鎮老官山漢墓から出土した竹簡の医学文献と漆塗りの経絡人形は、前漢時代の豊富な出土医学文献と遺物であり、初期の経絡システムの研究に役立ち、十二経絡を完成させた「心主之脉」に関する歴史資料の空白を埋めた。


馬王堆医書の手の経脈にはツボはなく、おそらく後世の手陽明大腸経になった歯脈(=臂陽明脈)は臓腑の大腸にはつながっておらず、歯の痛みには歯脈に灸します。おそらく後世の手太陽小腸経になった肩脈(=臂泰陽脈)は臓腑の小腸にはつながっておらず、肩や腕の外側の痛みには肩脈に灸します。おそらく後世の手少陽三焦経になった耳脈(=臂少陽脈)は臓腑の三焦には当然つながっておらず、耳の症状には耳脈に灸します。

この馬王堆医書の灸論は、わたしの個人的な臨床にものすごく影響を与えました。歯痛の鍼麻酔には手陽明大腸経の合谷が頻繁に使われます。手陽明大腸経の二間・三間・合谷・温溜などは全て主治は歯痛です。それなら歯痛の場合、選穴は反応のみが基準となります。馬王堆医書の灸論では経穴は存在せず、経絡のみがあり、その視点からみれば選穴はシンプルになります。これを知って、わたしは灸から経穴という発想を捨てて、反応点=阿是穴のみを使うようになりました。

問題は馬王堆医書の手の陰経です。臂泰陰脈(=臂鉅陰之脈)は心に流注して、心痛には臂泰陰脈に灸します。臂少陰脈は脇肋に流注して、脇痛には臂少陰脈に灸しますが、心も主治に入っています。

現在は手太陰肺経・手厥陰心包経・手少陰心経の3つですが、馬王堆医書では手の経絡は2つなのです。この2024年論文は、支脈、絡脈、胃の大絡である虚里、脾の大絡である大包、『霊枢・経脈篇』に初出する心主手厥陰心包絡之脈の概念を支脈・絡脈・閒别脉や『史記・扁鵲倉公列伝』の記述も含めて研究していくことで、経絡形成の謎を探求していきます。

2025年1月12日の講義を聴講したことをきっかけに研究しなおし、この2024年論文を読んだことで天回医簡の経絡漆人では河の本流である経脈ではなく、閒别脉などの河の支流や横や斜めにつながるラインこそが重要だと気づけました。経絡についての考え方がまったく変わりました。

Many thanks to geralt for a beautiful featured image!

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