東洋医学には五運六気学説があります。
十干は、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸、十二支は、子・丑・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥です。
これを組み合わせて、最初の年は甲子(きのえ・ね)年、次は乙丑(きのと・うし)とします。
60年で一周するので、東洋では60歳を還暦といいます。ちなみに、甲子園球場は「甲子(きのえ・ね)」に完成しました。
2026年の干支は丙午(ひのえ・うま)です。
五運六気において、五運は水運太過(五行の水のエネルギーが過剰)、六気は少陰君火司天、陽明燥金在泉(1年の前半は火気が支配し、1年の後半は燥気が支配する)とされています。
■四の気(大暑から秋分:2026年7月23日ー9月22日)
主気:太陰湿土(湿気)
客気:太陰湿土(湿気)
「蒸し暑く湿気が多いジメジメした溽暑(じょくしょ)が至り、大雨が時に行(めぐ)り、寒熱が互いに至る。民は悪寒発熱とのどが乾燥し、痰飲が発生する。太陰の湿気を調整するが宜しい」
■五の気(秋分から小雪:2026年9月23日ー11月21日)
主気:陽明燥金(燥気)
客気:少陽相火(火気)
「暑がかえって至り、陽がすなわち化し、万物すなわち成長し、民は健康であるがその病は温病である。少陽の客気(火気)を治療するが宜しい」
7月から9月は大雨が降り、蒸し暑かったです。夏風邪をひいてのどの痛みがある方や、腹診で胃のあたりに水がたまっている方が多かった印象です。
五運六気は、20年以上、理論と実際を検討してきましたが、当たるときと当たらないときがあります。今年は「占いとして当たっている」と思います。
9月23日の秋分あたりからは、「秋だが暑くなる。温病(うんびょう=感染性発熱疾患)が流行するかも」というのが気象と病気の予測です。ですので、私は今、毎日、足三里に多壮の八分灸と糸状灸の透熱灸を繰り返し、万が一の温病の発生に備えています。
中国では「天人相応学説」があります。
現代では理解しがたいかもしれませんが、昔のアジアでは、天文学というサイエンスと、気象予測と、病気の占いが結合していました。
陰陽五行説を理解するのにお勧めの本は、ちくま学芸文庫の『史記(2)』の『史記・天官書』、そして『漢書(2)』の『漢書・天文志』です。どちらも和訳です。『世界の名著 12 中国の科学』も『晋書・天文志』が現代語訳されています。
歴史書『史記・天官書』や『漢書・天文志』には、漢の時代の星座や天文観測が掲載されています。中国歴代王朝の歴史書には『晋書・天文志』のような天体観測記録があり、日本でも政府の陰陽師たちは、天体観測から暦を作成していました。中国と日本の天体観測はかなり精密であり、1054年のかに星雲の超新星爆発も両国で観測されていました。
モンゴル(元代)では、フビライ・ハンの時代に天体観測や数学などのイスラム科学を取り入れ、1281年に授時暦をつくります。
明代には、イエスズ会のアダム・シャールが政府の天文台長官(欽天監監正)に任命されます。
清代には、イエスズ会のフェルビーストが、康熙帝の御前で日食の予測に成功し、康熙永年暦法を完成させました。
中国の天文学は、モンゴル時代にはイスラム科学と数学を取り入れ、明清時代にはヨーロッパの西洋科学を取り入れて、精密な暦をつくりました。
五運六気学説を作ったのは唐代の医家、王冰(おうひょう)です。
北宋時代の1099年に劉温舒が『素問入式運気論奥』を著し、五運六気が流行します。
金元時代に、金元四大家の劉完素や張従正が五運六気について多く言及しています。
清代に呉鞠通が著した温病学の『温病条弁』は、五運六気がわからないと理解できない内容です。
Many thanks to NAOJ and R. Jay GaBany for a beautiful featured image!





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