『禅・チベット・東洋医学―瞑想と身体技法の伝統を問い直す』
藤田一照 (著), 永沢哲 (著)
サンガ (2017/5/10)
タイトルに「東洋医学」と入っていたので読んだのですが、面白かったです。
藤田一照さんは伊藤真愚さんの弟子となり、「鍼禅一如」の横田観風さんにも鍼灸を学ばれたそうです。
伊藤真愚さんは荒木正胤さんに学ばれました。荒木正胤さんは、漢方を奥田兼三さんや湯本求真さんに学ばれ、鍼灸を柳谷素霊さん、井上恵理さんに学ばれた禅僧であり、『漢方問答』や『続・漢方問答 食養生の思想』は名著だと思います。
『漢方問答 新装版: 東洋医学の世界』
荒木 正胤 (著), 荒木 ひろし (編集)
『続 漢方問答』
荒木 正胤 (著)
藤田一照さんは1973年灘高校、1977年東大教育学部心理学科を卒業し、東大大学院に進学しましたが、伊藤真愚さんと横田観風さんをきっかけに禅を知り、1982年に退学して出家します。
1987年に禅宗・曹洞宗の国際布教使としてマサチューセッツ州で禅の指導を行います。アメリカ仏教の紹介の部分がこの本の一番、面白いところです。
マサチューセッツ州の曹洞宗の禅堂の近くには、ミャンマーのヴィッパサナー瞑想のゴエンカ師のヴィッパサナー瞑想センターがあります。
女優のユマ・サーマンの父親で、アメリカにチベット仏教を布教したロバート・サーマンの話も面白いです。ユマ・サーマンのユマはチベット語の「中道(Uma)」だそうです。ロバート・サーマンはダライ・ラマ14世の弟子であり、俳優リチャード・ギアとニューヨークにチベット医学を受けれるチベットハウスUSという施設を創っています。
ベトナム反戦運動を行ったベトナム禅僧、ティク・ナット・ハンさんや、その弟子でマインドフルネス瞑想を創ったジョン・カバット・ジンさん、あるいはアップルのスティーブ・ジョブズさんに禅を指導した曹洞宗の乙川弘文さんなど、アメリカ仏教は世界の文化に大きな影響を与えており、その実情がわかります。アメリカ仏教では、いろいろなアジア仏教がごちゃ混ぜになっていたり、アメリカで坐禅や仏教を伝えようとすると、「必ず『禅の悟り』に到達できる」という保証を求められたり、「7日間コース」など短期集中コースを求められます。
マインドフルネス瞑想自体が、「仏教の禅や止観から仏教を取り除いたストレス低減法」としてパッケージ化しており、グーグルの企業研修や米軍にも取り入れられていますが、「それは文化の全体像がないから、もう仏教ではないのでは」という問いがあります。
おもしろかったのは、身体性への言及です。アメリカ人に禅を教える際の最初の困難は「座りかた」で、座った瞬間から足と姿勢がプルプルして、瞑想や悟りどころではないそうです。ですから、藤田一照さんは、ボディワークで「身体性から変えて、座れる体を作ってから」と言われていました。日本の禅宗では異例だと思いますが、中国やインドでは瞑想をする前にカンフーや体操で体を作り、禅病や瞑想病を防ぎます。
タイトルの「東洋医学」の部分は、少し違和感がありました。著者のお2人の言う「東洋医学」が、野口晴哉さんの野口整体だったからです。永沢哲さんは、『野生の哲学—野口晴哉の生命宇宙』(青土社2001年)の著者で、わたしも読みましたし、野口整体も20年ほど前に体験しました。当時の松本道別さんや指圧の玉井天碧さん、高橋迪雄さんのコンテクストの中で偉大さは感じますが、どうしても「神格化」された感覚に個人的には合いませんでした。
『野生の哲学: 野口晴哉の生命宇宙』
永沢 哲 (著)、筑摩書房
社会学者の宮台真司さんやジャーナリストの神保哲生さんも野口整体のファンで、野口整体を東洋医学と呼ばれますが、やはり違和感がありました。
2025年5月3日
大野智×宮台真司×神保哲生:東洋医学の効能はどこまで科学的に解明されているか【ダイジェスト】
関東の知識人である宮台真司さん、藤田一照さん、永沢哲さんが野口整体を絶賛するのは、地域性、あるいは世代差があるからなのかと感じてしまいます。大阪などの関西文化では野口整体はウケないと感じるのです。確かに、野口整体を近現代の日本伝統医学と呼ぶ研究者の方はいます。
2009年
「野口整体の史的変容 : 近現代日本伝統医学の倫理生成過程」
田野尻 哲郎
『医学哲学 医学倫理』
私も近現代の霊術・療術の研究は必要だと思います。
2013年「霊動をめぐるポリティクス : 大正期日本の霊概念と身体」
栗田英彦
『東北アジア研究センター報告, 8号ー身体的実践としてのシャマニズムー』
これは、明治期・大正期の日本の精神療法の謎を解き明かす論文です。野口整体に不随意運動を起こさせる「活元運動」があります。私も西宮市で行われた活元運動の集まりに参加してビックリしました。人間の身体が勝手に動き、ピョンピョン飛び跳ねます。
おそらく、その起源となった岡田虎二郎さんの岡田式静座法の「振動」、田中守平さんの太霊道・霊子術の「霊動」、
大本教の浅野和三郎さんの「鎮魂帰神」をこの論文は詳しく解説しながら、その3者がお互いにどのような影響を与えたのかを解き明かしていきます。
私はこの論文を読んで、野口整体は当時の「霊術」「療術」を集大成したものとみなすようになりました。
藤田一照さんと永沢哲さんの仏教に関する対談部分は本当に面白いのですが、東洋医学の部分は違和感がありました。
やはりおふたりは宗教者であり、臨床家ではないからだと思います。臨床をしていたらうまくいかないことだらけなので、宗教者のようにはなれないのです。
一方で、藤田一照さん、永沢哲さん、宮台真司さんといった一流の知識人が野口整体にひきつけられるのに、なぜ私は野口整体に魅かれないのかとも思います。以前、関わったときに鍼灸師の悪口を言われたような記憶がボンヤリとあり、それが引っ掛かっている気もします(笑)。
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