著者の中島岳志さんのインタビューによれば、この本は安倍昭恵さんの無農薬・無添加とスピリチュアルとナショナリズム、俳優の窪塚洋介さんの自然志向とスピリチュアルなどを解明するために、太田出版Webマガジンで連載された『縄文 ナショナリズムとスピリチュアリズム』を書籍化したものです。
戦前にも曽根遺跡や登呂遺跡など縄文・弥生時代の遺跡は発掘されていたのですが、戦前は紀元前BC660年の神武天皇からの皇紀の世界観で歴史教科書が書かれていたため、縄文・弥生時代をどう認知するのかに苦慮していました。
ところが、戦後、1951年に国立博物館で縄文式土器が展示され、フランス帰りの岡本太郎さんが「縄文の美」を発見してから、戦後の「縄文」に願望を投影する歴史がはじまります。
左派では、共産主義の革命家だった太田竜さんが「縄文」の狩猟採集社会の原始共産主義を理想化し、さらにアイヌに縄文を投影していきます。
保守派では、京大の新京都学派の哲学者、梅原猛さんが西洋文明を批判し、照葉樹林文化・自然と調和する「森の思想」として縄文を理想化します。梅原猛さんは当時の政権・中曽根内閣と接近し、国際日本文化研究センターを創ります。国際日本文化研究センターの安田喜憲名誉教授も「森の思想」を推進します。
1997年、『新しい歴史教科書を創る会』の西尾幹二さんは安田喜憲さんの影響を受け、1999年の『国民の歴史』で「世界最古の縄文土器文明」として縄文時代を称揚して、『新しい歴史教科書』でも縄文時代文化が日本文化という歴史認識を示し、右派に影響を与えます。そしてスピリチュアルカウンセラーの並木良和さんや救急医の矢作直樹さんなどを通じて、参政党の縄文スピリチュアルに影響を与えたところまでを描写しています。
1945年の敗戦から2025年までの「日本人は、縄文にどのような願望を投影してきたのか」を論じた、ものすごく面白い本でした。梅原猛さんや西尾幹二さんのような知識人でさえ、「エビデンスに基づかない、願望を投影した陰謀論のような縄文の理論」にとりこまれていったことが切なく思えます。
以前、ある鍼灸師に「鍼灸は中国ではなく、日本がオリジナル。『難経』は『黄帝内経』より古く、経絡治療は古代のオリジナル鍼灸の再現」と言われて仰天したことがあります。ところが、江戸時代の日本伝統医学を調べると、国学の影響を受けた和方は「日本の大国主命が中国に渡って医学を伝えた」というトンデモ理論でした。
江戸時代初期は、江戸幕府の政治イデオロギーは中国由来の朱子学であり、医学は中国の金元医学(李朱医学)でした。
江戸時代中期に、朱子学への反発から伊藤仁斎・荻生徂徠の古学・古文辞学が生まれ、その「古代中国の論語にかえれ(古典にかえれ)」というイデオロギーから「漢代の傷寒論にかえれ」の古方派となります。古方派は陰陽五行・経絡否定から蘭学に接近します。
江戸時代後期に、医学者・本居宣長、平田篤胤が国学をはじめ、その影響で「和方」が生まれました。平田篤胤は排外主義・国粋主義で、神道の平田派は明治維新以降の国家神道となり、近代日本に影響を与えました。「日本の大国主命が中国に渡って医学を伝えた」みたいなスピリチュアル陰謀論的な言説となっていきます。
明治維新で日本は西洋医学中心になりますが、昭和となり、イデオロギーの影響下で漢方や鍼灸が復興します。日本漢方は満州や朝鮮半島にも拡大し、1935年に拓殖大学で漢方講習会「偕行学苑」が発足、1938年には東亜医学協会が発足しました。東洋医学の帝国医療の時代です。
第2次世界大戦に敗戦後、GHQ統治下からの日米同盟の下で米国のリベラル・デモクラシのイデオロギーに急転換して科学的鍼灸が発展します。1970年代に入り、ニクソン訪中、日中国交正常化、パンダ・ブーム、日中平和友好条約の締結から1980年代から中国ブームとなり、1993年にはNHKで気功講座が放送され、『東洋医学概論』『東洋医学臨床論』のに中医学の弁証論治が導入されました。田中派・竹下派が支配する政治イデオロギーは東洋医学・鍼灸にも少なからず影響しました。
このように、日本の伝統医学も政治や思想イデオロギーの影響を受け続けてきた経緯があります。『縄文 革命とナショナリズム』の良いところは、戦後の代表的な知識人でさえ、「縄文」に自らの理想と願望を反映させていたことが理解できることです。人間には避けられない認知の歪みを直視し、自らの認知を検討し続けるむずかしさを感じました。
『縄文 革命とナショナリズム』
中島岳志
太田出版
序章 戦後日本が「縄文」に見ようとしたもの
第一章 岡本太郎と「日本の伝統」
縄文発見
対極主義と「日本の伝統」
第二章 民芸運動とイノセント・ワールド
民芸運動と「原始工芸」
濱田庄司の縄文土器づくり
最後の柳宗悦
第三章 南島とヤポネシア
島尾敏雄の「ヤポネシア」論
吉本隆明『共同幻想論』と「異族の論理」
ヤポネシアと縄文
第四章 オカルトとヒッピー
空飛ぶ円盤と地球の危機
原始に帰れ!——ヒッピーとコミューン
第五章 偽史のポリティクス——太田竜の軌跡
偽史と革命
「辺境」への退却
スピリチュアリティ・陰謀論・ナショナリズム
第六章 新京都学派の深層文化論——上山春平と梅原猛
上山春平の照葉樹林文化論
梅原猛——縄文とアイヌ
終章 縄文スピリチュアルと右派ナショナリズム
Many thanks to 隠れ家男 for a beautiful featured image!



コメント