日本中医学会第9回学術総会の午前の小ホールの一般演題は有意義な議論が多く、勉強になりました。
2015年9月11日公開の『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』の『アキュパンクチャー・イン・メディスン』に収録の論文
「産科の鍼の安全性:妊婦禁鍼穴の再評価」
The safety of obstetric acupuncture: forbidden points revisited
David John Carr
Acupunct Med 2015;33:413-419
http://aim.bmj.com/content/33/5/413.full
まず、妊婦への鍼の安全性については2014年2月の韓国・慶熙大学の「妊娠中の鍼の安全性:システマティック・レビュー」(※1)と2015年5月のイギリスの「妊婦への貫通鍼の有害事象報告の研究:システマティック・レビュー」(※2)という2つのEBM研究があります。
※1:2014年2月19日『英国医師会雑誌』に発表された
「妊娠中の鍼の安全性:システマティック・レビュー」
The safety of acupuncture during pregnancy: a systematic review
韓国、、慶熙大学、韓医学、針灸経絡科学センター。
http://aim.bmj.com/…/ea…/2014/02/19/acupmed-2013-010480.full
※2:「妊婦への貫通鍼の有害事象報告の研究:システマティック・レビュー」
Adverse event reporting in studies of penetrating acupuncture during pregnancy: a systematic review.
Clarkson CE, O’mahony D, Jones DE.
Acta Obstet Gynecol Scand. 2015 May;94(5):453-64.
Epub 2015 Mar 3.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25603694
以下、引用。
どちらのシステマティック・レビューでも流産や早産や妊娠期のやっかいな問題は鍼によるものではなかった。それにも関わらず、歴史的に「妊婦禁鍼穴」と呼ばれる特定のツボの問題の議論がある。
EBMの2つのシステマティックレビューで「流産や早産など妊娠期のトラブルは鍼では起こらない」とされました。これは臨床家にとっては非常に重要な情報だと思います。それにも関わらず「妊婦禁鍼穴」の問題が残っています。
以下、引用。
中国では鍼が妊婦の早産を引き起こすという逸話があるにも関わらず、中国においてそのようなことを確認できる文献論文は1冊も出版されていないという Tsueiの研究(※3)がある。
中国の1977年の論文(※3)で妊婦禁鍼穴はアネクドータルであると述べられています。
※3「妊娠中の鍼の影響:出産促進と避妊」
The influence of acupuncture stimulation during pregnancy: the induction and inhibition of labor.
Tsuei JJ, Lai Y, Sharma SD.
Obstet Gynecol 1977;50:479–8.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/904813
2011年、イギリスではマイク・カミングスが妊婦の腰部に鍼をしている写真と一緒に「妊婦禁鍼穴:危険なメカニズムはもっともらしくない」(※4)を発表しました。2013年にはブラジルの研究者たちが妊娠したラットの合谷・三陰交に刺鍼する実験を行い、「妊娠したウィスター・ラットの健康にとっていわゆる妊婦禁鍼穴は有害か?」(※5)を発表しています。妊婦禁鍼穴に刺鍼したラットで早産・流産したものはないという結果でした。
※4:2011年『英国医師会雑誌』「アキュパンクチャー・イン・メディシン」
マイク・カミングスの論文
「妊婦禁鍼穴:危険なメカニズムはもっともらしくない」
‘Forbidden points’ in pregnancy: no plausible mechanism for risk.
Acupunct Med. 2011 Jun;29(2):140-2.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21617035
※5:「妊娠したウィスター・ラットの健康にとって、いわゆる妊婦禁鍼穴は有害か?」
Could acupuncture at the so-called forbidden points be harmful to the
health of pregnant Wistar rats?
Acupunct Med. 2013 Jun;31(2):202-6. doi: 10.1136/acupmed-2012-010246. Epub 2013 Feb 5.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23384661
一方でWHOの鍼灸のガイドラインはいまだに妊婦への鍼を推奨していません。
そして、ジャッジメント・ベースド・メディスン(JBM:法律や判例に基づく医療)という考え方もあります。WHOという権威が妊婦への鍼を推奨していないことを鑑みて妊婦への鍼を避けるという立場です。10年前の鈴木裕明先生は不妊治療の鍼に特化していましたが、一度妊娠したら出産するまで一切診ないというポリシーでした。それは自然流産率が高率であるという現実と10年前の日本社会における鍼の文化的受容を考えてのポリシーなので現実的です。
例えば、イギリスでは助産師が妊婦のつわりに対して内関の鍼を行い、保険適応されていました。フランスではサジファム・アキュポンクター(助産鍼師)が妊娠期のマイナートラブルを鍼で対応しています。
まず中医学の文献での禁鍼穴を明らかにして、次に科学的根拠を探求するのは鍼灸の社会への普及で最重要の課題だと感じました。
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