ベイズ統計学

 

 

異端の統計学 ベイズ
シャロン・バーチュ・マグレイン著
草思社 (2018/12/5)

 


この本は読む価値があります。現代科学における最大の科学革命パラダイム・シフトであるベイジアン更新、ベイジアン推定、ベイジアン確率の歴史についての読み物です。現代の科学はベイジアン推定からの帰納法的確率論に到達しました。『異端の統計学 ベイズ』 が明らかにしているように、ベイズの帰納法的確率論は過去の経験やデータにもとづく主観的、個人的な推論であり、哲学的には客観性や因果律を捨て去りました。

 

これは、人類の歴史に残るような哲学革命です。なにしろ「客観性」や「原因と結果」という概念が捨て去られたのですから。この科学革命が最近、起こったために、いまだに人類のほとんどはこのパラダイム・シフトの存在じたいを知りません。

 

しかし、現代のEBМ革命や 「P値の使用禁止」問題もベイズ統計学から派生したものです。AIによるビッグ・データからのソーシャル・ネットワーク分析や行動分析もベイズ統計学の成果です。

 

トーマス・ベイズから始まり、ピエール・シモン・ラプラスが基礎をつくったベイズ統計学は「ギャンブラーが賭けをする際の思考法」です。ナチス・ドイツの暗号、エニグマを解いたアラン・チューリングはベイズ数学を使って難攻不落の暗号を解きましたが、そのベイズを使った手法はイギリスの国家機密とされました。Uボートの発見や海に落下した水爆を見つけ出すのにベイズ数学は利用されますが、いずれも軍事機密とされます。ロシアのコルモゴロフも軍用統計学としてベイズ数学を発展させますが、国家機密となりました。ベイズ数学の歴史は軍事機密による隠蔽と「車輪の再発明」の繰り返しでした。

 

民間分野では、保険の利率を計算する保険数理士やハーバード・ビジネススクールにおける経営者の意思決定、そして医学分野で発達しました。肺がんの原因としてのタバコの疫学研究や心臓血管疾患のフラミンガム研究もベイズ数学の成果でした。

 

そして、わたしが学生時代に学んだ社会学が1980年代に最も早く「P値」の矛盾に気づき、ベイズ統計学を取り入れた歴史も明記されています。

 

数理モデルで人間行動を分析、予測する際は、必ず複数の数理モデルを組み合わせて行うという数理社会学における到達点が書かれているにも感動しました。この事を書いている著者は凄いです。社会学のほうが、医学よりも20年も早く最新のベイズ統計学のパラダイムシフトに到達していたことは全く知られていません。医学だけでなく、リスクやギャンブル、意思決定や学習についても学ぶところが多い本です。とにかく面白いです。津田敏秀先生の『医学と仮説――原因と結果の科学を考える』や『医学的根拠とは何か』といっしょに読むとパラダイム・シフトが実感できます。

 

 

 

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