『霊的最前線に立て!ーオカルト・アンダーグラウンド全史』
武田崇元/横山茂雄 著
国書刊行会 (2024/10/28)
Xで「年内にこれ超える面白い本には出会わないしヘタするとここ十年ぐらいで読んだ本でもベストかもしれない」という感想がありましたが同感です。この分野に興味のある方はマストバイな1冊です。
灘高校・東京大学法学部卒業、東京海上火災からオカルト雑誌『ムー』の創刊、霊術にもっとも詳しい八幡書店の社主という経歴の武田崇元はものすごく面白い人物です。横山茂雄は奈良女子大学名誉教授の英文学者です。鍼灸や東洋医学の記述も、鍼灸や東洋医学の専門家より詳しいのではないかと思われるレベルで、多数あります。
以下、64ページより引用。
武田:漢方は清末の洋務運動、民国初期の新文化運動という近代化の波にもまれ、非科学的というレッテルを貼られた苦難の歴史がある。1929年に日本に留学した余雲岫は国民党政府に中医(漢方)廃止案を献策します。
横山:共産党のほうが伝統医学を重視したいうのは面白い。
武田:中共が天下をとった直後の1955年に北京中医薬大学の任応秋が『中医弁証論治体系』を発表し、『弁証論治』という概念を確立し、ここに現代中医学なるものが誕生したわけです。
横山:それはマルクス主義の弁証法と関係あるの?
以下、66ページより引用。
鍼灸は日本でもずっと伝統医療としてあったわけですが、やはり霊術とは言わないけど、裏医療みたいな感じがあったと思うんだよな。しかも、有名な鍼灸師の澤田健なんか竹内文書の信奉者だし、あまり左翼と相性がいいもんでなかった。
1928年に竹内巨麿が3,000年以上前から日本には高度な文明があり、それが世界に伝わって文明をつくったとする「竹内文書(天津教文書)」を公開します。モーセやイエス、ブッダ、老子などが日本で学んで、その教えを世界に普及した、キリストは青森で死んだという「日本ユダヤ同祖説」を信じたのが沢田流鍼灸の澤田健先生で、1936年(昭和11年)に竹内文書・天津教事件により不敬罪で逮捕され、不起訴となったものの、失意から1937年(昭和12年)にはがんを発病し、1938年(昭和13年)には62歳で亡くなられました。
武田崇元は、こういった日本の偽史の専門家です。日本の戦前の霊術や心霊研究を調べると、軍人が非常に多く、戦前のスピリチュアルや陰謀論・偽史は伝統的に右翼・右派のものでした。2024年現在の日本と世界は先祖がえりしている印象です。
武田崇元は雑誌『迷宮』の編集長として、鍼灸師の井村宏次に「霊術家の饗宴」の記事を書いてもらったそうです。井村先生の講義を聞いたことがあります。高い理想を持つ澄んだこころが印象的でした。
以下、171ページより引用。
武田:それから三号は井村宏次さんの『霊術家の饗宴』が中心でした。
横山:井村さんは大正・昭和の、全く忘れ去られていた『霊術』というものに着目して研究していた。今からみたら宗教社会学の連中は何をしていたんだと言いたくなるぐらいに重要な部分。しかも、彼の資料探索の徹底ぶり、執念は、僕もその一部を手伝ったから直に知っている。だから、宗教学者が井村さんの研究から影響を受けるという逆転現象が起きたんだよね。
この文献には、アメリカ第1次トランプ政権の首席補佐官だったスティーブ・バノンが、イタリアのオカルト思想家、ユリウス・エヴォラの信奉者であることが言及されています。また、ロシアのプーチンの思想に影響を与えた哲学者、アレクサンドル・ドゥーギンが戦前のオカルト思想に影響を受けたことも言及されています。戦前のオカルト思想・宗教思想は現代世界に直接、影響しているのです。
さらに、戦前日本の偽史・陰謀論は現代日本に復活している印象であり、偽史・陰謀論に免疫をもっている人が精神的健康を保ちやすい時代であるというのは、その通りだと思いました。
【目次】
まえがき(横山茂雄)
1.『日本のピラミッド』に始まる
二人が出会うまで/オカルト・ブームの到来
2.武田崇元の少年期
日本残酷物語/『不思議な雑誌』/UFOそしてアダムスキー/黒沼健とムー大陸/澁澤龍彦と幻想系
3.68年革命と70年代の流れ
68年革命とオカルト/異端文学の復権/北一輝の再評価/土俗性の流行/太田竜と叛科学/民衆宗教論の転換/古代史アマチュアリズム/竹内健と「日本的狂気の系譜」/その頃欧米では
4.『復刊 地球ロマン』の衝撃
刊行の経緯/復刊1号~第6号まで総解説
5.横山茂雄の遍歴
アーカムハウスと『ガロ』/性器崇拝四方山話/不思議研究会/トールキンとヒッピー/ミチューリン農法とルイセンコ/ボグダーノフとマッハ主義/若返りと不老不死/チュチェ科学とボンハン/井村宏次との出会い/松岡正剛と工作舎の近辺/ヴィルヘルム・ライヒ/『幻想文学研究会』『ピラミッドの友』『ソムニウム』
6.武田崇元その後の仕事
『UFOと宇宙』から『迷宮』まで/『ムー』の時代/金井南龍と『神々の黙示録』/『出口王仁三郎の霊界からの警告』
7.近代オカルトの流れ①西洋
フォックス姉妹のハイズヴィル事件/ブラヴァツキー夫人登場/神智学の広がりとシュタイナー/シャンバラ、アガルタ、ルネ・ゲノン/サイキカル・リサーチ/黄金の暁(ゴールデン・ドーン)とアレスター・クロウリー
8.近代オカルトの流れ②日本
西洋近代オカルティズムと日本/西洋の影響の大きさ/平田篤胤と国家神道/異界探訪と神仙道/柳田國男と『遠野物語』/本田親徳と鎮魂帰神/大本教をめぐって/生長の家/病気治し・霊術/戦後の宗教学
9.1950年代の動向
神秘と幻想の浮上/武田崇元の電脳ドラッグ時代/霊能ブームと新宗教ブーム/新宗教の大分裂時代
10.俗流オカルトの転回点
オウム真理教とオウム事件/オウム――チープなオカルトの象徴/酒鬼薔薇事件と陰謀論/スピリチュアルの席巻
11. Qアノンと陰謀論
アメリカ合衆国と陰謀論/コンスピリチュアリティ/大麻ナショナリズム/陰謀論におけるライトとレフト/陰謀論の臨界点/悪魔崇拝者集団のリアリティ/リアリティは時代によって変わる/覚醒と変革
12. オカルトの真髄
なぜオカルトに魅入られたのか/世界の見え方/ヴィジョンと狂気
あとがき(武田崇元)
文献案内(横山茂雄)
附録:『復刊 地球ロマン』『迷宮』総目次
featured image by 諸葛
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