治療抵抗性うつ病


2024年12月13日 『マネージド・ヘルスケア・エクゼクティブ』
「神経を刺激する:治療抵抗性うつ病の治療としての迷走神経刺激の長く曲がりくねった道」
Stimulating a Nerve: The Long, Winding Road of Vagus Nerve Stimulation as a Treatment for Treatment-Resistant Depression


以下、引用。

FDA は他の治療法が効かなかったうつ病患者に対する迷走神経刺激療法を承認しているが、保険適用がないこともあり、その使用は限定的である。

2024年10月にClinical Autonomic Research誌に掲載された迷走神経刺激の進歩に関するレビューでは、当時テキサス大学サウスウェスタン医療センターにいたオーガスト・ジョン・ラッシュ医学博士が主導した研究が、治療抵抗性うつ病の治療として侵襲性迷走神経刺激を試みた初のオープンラベルパイロット試験であると特定された。



2000年2月 オーガスタス・ジョン・ラッシュ
「治療抵抗性うつ病に対する迷走神経刺激(VNS):多施設共同研究」
Vagus nerve stimulation (VNS) for treatment-resistant depressions: a multicenter study
A J Rush et al.
Biol Psychiatry. 2000 Feb 15;47(4):276-86.


オーガスタス・ジョン・ラッシュは現在、デュ―ク大学医学部の非常勤教授です。プリンストン大学卒業、コロンビア大学医学部で医学博士を取得というエリートです。ペンシルベニア大学で精神科医としての研修を受けた際の指導医は認知行動療法の開発者、アーロン・ベッグです。

以下、引用。

スタンフォード大学の博士研究員で第一著者のクリストファー・W・オーステル医学博士によると、この研究には、薬物療法が効かなかった大うつ病性障害または双極性障害の病歴を持つ40人の患者が含まれていた。3カ月後、患者の40%でうつ病症状が少なくとも50%軽減した。延長試験では反応が持続し、かなりの割合(29%)の患者で寛解が見られた。この結果は2000年にBiological Psychiatry誌に掲載された。

オーステルと共著者らは、ラッシュがうつ病に対する侵襲的迷走神経刺激療法の唯一のランダム化偽対照試験を主導したと評価している。他の治療に反応しなかったうつ病患者計235名が実治療、または偽治療にランダムに割り当てられた。 2005年にBiological Psychiatry誌に報告された結果は、このより厳密に設計された試験によって、治療困難なうつ病の治療として迷走神経刺激療法が有利になることを期待していた人々にとっては残念な結果となった。10週間後、ラッシュと彼の同僚は実治療群と偽治療群の反応率に違いがないことを発見した。オーステルと彼の同僚らは、この結果は迷走神経刺激療法が効果を発揮するには10週間では時間が足りなかったことで説明できるかもしれないと述べている。それでも、FDA は通常の治療に侵襲的迷走神経刺激を追加した場合と通常の治療のみを比較した試験の証拠に基づいて、2007 年に治療抵抗性うつ病の治療として迷走神経刺激を承認した。



この『マネージド・ヘルスケア・エクゼクティブ』の編集長の最新の論説は非常に面白かったです。

現在、アメリカ政府FDAは埋め込み型迷走神経刺激装置を治療抵抗性うつ病の治療デバイスとして承認していますが、保険適応はされていません。アメリカの公的保険、メディケアが迷走神経刺激のリカバー臨床試験という大規模ランダム化比較試験を行っています。

以下、引用。

この実験はゆっくりと進んでいるようだ。正式な開始日は2019年9月で、主要な完了は2028年2月に予定されており、完了は2031年まで待たなければならない。



侵襲性迷走神経刺激デバイスは、頚部の迷走神経に電極を、患者さんの胸部にデバイスを埋め込みます。1回700万円くらいかかります。埋め込み手術を受けた患者さんの約10%に感染症などの有害事象が起こります。患者さんにとっては700万円かかる迷走神経刺激装置の埋め込み手術に保険がきくかどうかは大きな問題です。

この数年、この分野を調べてきましたが、頚部埋め込み型迷走神経刺激は動物実験の結果は安定しており、保険適応を含めた社会への実装の段階ですが、2031年まで臨床試験の時間がかかるようです。迷走神経刺激の動物実験によるメカニズム研究とヒトの頚部迷走神経刺激と耳介迷走神経刺激の臨床試験の結果は、鍼灸臨床家にとっては有用な情報になると思います。

テンプル大学の神経学者、ジェイコブ・ザバラが最初にてんかんに対する迷走神経刺激を開発しました。1988年11月にトニー・キンケイドというてんかん患者に埋め込み手術を行い、1日80回のてんかん発作が1990年にゼロになりました。1997 年に米国食品医薬品局からてんかんに対する迷走神経刺激デバイスの販売が承認されました。2000年にカナダの医学者、ヴェンチュレイラが耳介経皮性迷走神経刺激によるてんかん治療を提唱しました。


2000年「てんかん治療のための経皮的迷走神経刺激:新しいコンセプト」
Transcutaneous vagus nerve stimulation for partial onset seizure therapy. A new concept
Ventureyra EC.  
Childs Nerv Syst. 2000 Feb;16(2):101-2.


2002年、ニューヨークのファインスタイン医学研究所の所長であるケヴィン・トレイシー博士が『ネーチャー』に迷走神経による炎症の調節の最初の論文を発表しました。

2002年『ネーチャー』
「炎症反射」
The inflammatory reflex
Kevin J Tracey
Nature. 2002 Dec;420(6917):853-9. 

2000年にテキサス大学のオーガスタス・ジョン・ラッシュが治療抵抗性うつ病の迷走神経刺激のランダム化比較試験を初めて行いました。2005年に最初のランダム化比較試験が行われ、2007 年にFDAは治療抵抗性うつ病の治療として迷走神経刺激を承認しました。迷走神経刺激は最初、てんかんに対して使われていました。そして、2002年にてんかんへの迷走神経刺激によって、片頭痛が改善したことが報告されました。


2002年「難治性てんかん患者で迷走神経刺激によって片頭痛が中断された」
Vagal nerve stimulation aborts migraine in patient with intractable epilepsy
R M Sadler, R A Purdy, S Rahey
Cephalalgia. 2002 Jul;22(6):482-4.


2005年にはてんかん患者での片頭痛と群発頭痛の改善が報告されます。

2005年「迷走神経刺激により慢性難治性片頭痛と群発頭痛が軽減される」
Vagus nerve stimulation relieves chronic refractory migraine and cluster headaches
A Mauskop
Cephalalgia
. 2005 Feb;25(2):82-6.


2016年にトマス・ジェファーソン頭痛センターのシルバースタインによって、群発頭痛への迷走神経刺激のランダム化比較試験が発表されます。

2016年「群発頭痛の緊急治療のための非侵襲性迷走神経刺激:無作為化二重盲検偽対照ACT1研究の所見」
Non-Invasive Vagus Nerve Stimulation for the ACute Treatment of Cluster Headache: Findings From the Randomized, Double-Blind, Sham-Controlled ACT1 Study
Stephen D Silberstein
Headache. 2016 Sep;56(8):1317-32


2018年4月にもランダム化比較試験で群発頭痛への効果が確認されました。

2018年4月
「突発性および慢性群発頭痛の急性治療のための非侵襲性迷走神経刺激:無作為化、二重盲検、偽対照 ACT2 研究」
Non-invasive vagus nerve stimulation for the acute treatment of episodic and chronic cluster headache: A randomized, double-blind, sham-controlled ACT2 study
Peter J Goadsby
Cephalalgia. 2018 Apr;38(5):959-969.

この流れで2018年11月、FDAは群発頭痛の治療として迷走神経刺激デバイスを認可しました。

2004年、ラットの慢性心不全に対して迷走神経刺激は長期生存率を改善するという研究が発表されました。

2004年「迷走神経刺激はラットの慢性心不全後の長期生存を著しく改善する」
Vagal nerve stimulation markedly improves long-term survival after chronic heart failure in rats
Meihua Li
Circulation. 2004 Jan 6;109(1):120-4.


2005年から2013年にかけてアメリカ・ボストンのサバーらのグループは、イヌの心不全迷走神経刺激による改善を研究し、発表し続けました。

2013年「迷走神経刺激により慢性心不全のイヌ・モデルにおける左心室機能が改善」
Vagus nerve stimulation improves left ventricular function in a canine model of chronic heart failure
Hani N Sabbah
Eur J Heart Fail. 2013 Dec;15(12):1319-26.


そして、ヒトでは心不全への迷走神経刺激の効果についてランダム化比較試験が繰り返され、2011年のCARDIOFIT臨床試験、2014年のANTHEM-HF臨床試験、2014年のNECTAR-HF臨床試験、2016年のINOVATE-HF臨床試験と続きましたが、いずれも結果が出ませんでした。

そして2023年10月にANTHEM-HFrEF臨床試験でも『臨床ガイドラインの心不全標準治療』を超えることができないという結果に終わりました。心不全への迷走神経刺激は、動物実験では有望な結果を出し続けますし、ヒトでのEBMのランダム化比較試験で奇跡的な著効例は毎回報告されますが、どうしても結果を出すことができず、社会に実装できませんでした。これらの2004年から2024年にかけての20年間の動物実験のメカニズム研究やヒトでのランダム化比較試験は、鍼灸臨床家にとっては、有意義な情報になると思います。

Many thanks to jhok for a beautiful featured image!

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