お灸にかぜ症候群の予防効果はあるか

 

 

2020年1月27日
「新型コロナウイルス肺炎に対して、山西省・潍坊市中医院は予防と初期治療方剤を推薦する」
针对新型冠状病毒肺炎,潍坊市中医院推出预防和初期治疗方剂

 

以下、引用。

中医学の伝統の艾灸、ツボの按摩は予防の作用がある。足三里(ST36)を按摩し、毎回5-10分おこなう。神闕(CV8)には、隔姜灸をおこない、温補元気して、健運脾胃して寿命を延ばす効果があり、体質を増強して免疫力のレベルをあげる作用がある。

 

お灸にかぜ症候群の予防効果があるかについて調べてみました。

 

西洋医学的には、日本がカゼの予防に関する多くの研究を発表しています。七堂利幸先生が2000年にY点という経験穴による風邪予防効果を臨床試験で報告しました。

「風邪予防・治療効果の鍼臨床試験サポート・メモ」
七堂利幸『医道の日本』59巻6号、130-141p、2000年
http://hdl.handle.net/10592/8280

 

 

2002年に森の宮医療学園、明治東洋医学院専門学校、東京衛生学園専門学校、神奈川衛生学園専門学校での5施設327名を対象に多施設ランダム化比較試験を行いました。パイロット試験では鍼のほうに予防効果が見られ、さらに施設間の手技による技術的違いが効果に影響している可能性があったため、間接灸「ツボ灸ネオ」を用いました。結果として間接灸群は対照群と比較して風邪の予防効果がある傾向が見られたが有意差は認められませんでした。これらの一連の研究結果は国際雑誌に報告されています。

2004年「風邪に対する鍼の予防的・治癒的な効果:日本におけるランダム化比較試験」
Preventive and curative effects of acupuncture on the common cold: a multicentre randomized controlled trial in Japan.
Kawakita K, et al.
Complement Ther Med. 2004.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/m/pubmed/15649831/

 

2003年「我が国における鍼灸の多施設ランダム化比較試験の現状と今後の展望」
『全日本鍼灸学会雑誌』Vol. 53 (2003) No. 5 P 635-645
https://www.jstage.jst.go.jp/…/…/53/5/53_5_635/_pdf/-char/ja

 

 

また、2005年に施設入所高齢者に対して週3回、大椎・風門への間接灸で風邪予防の効果があるかを臨床試験しています。結果として予防効果は認められませんでしたが、刺激量が弱すぎたことが示唆されています。

2005年「間接灸が施設入所高齢者の風邪症状に及ぼす影響」
高橋則人et al. 『全日本鍼灸学会誌』55巻5号、706-715p 2005年。
https://www.jstage.jst.go.jp/…/…/55/5/55_5_706/_pdf/-char/ja

 

 

つまり、「お灸にかぜ症候群の予防効果があるか」という質問に対しては「日本でも多施設ランダム化比較試験が行われているが予防効果は認められていない。効果がある可能性は否定できないが、堅固なエビデンスは存在しない」が妥当な答えだと思います。

 

 

次に中国のデータベースCNKIで文献調査してみました。熱敏灸の陳日新先生が感冒の予防ではなく、治療の文献レビューを行っています。

2014年「現代文献にもとづく、灸法による感冒の治療の臨床エビデンス研究」
基于现代文献的灸法治疗感冒的临床证据研究
罗小军 熊俊 陈日新
《时珍国医国药》 2014年09期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-SZGY201409102.htm
※结论笔者认为灸法治疗感冒是有效的。灸法治疗感冒与西药相比很可能等效甚至更优,当然灸配合其他措施的效果也有一定优势,但是尚需要更高质量证据来证实。

結論は「筆者(陳日新先生)は灸法が感冒(かぜ症候群)に有効であると思う。灸法は西洋薬と比較しても効果があるが、より高品質なエビデンスが必要である」というものでした。個人的には陳日新先生と同意見です。ただ、陳日新先生の意見はEBMではエビデンスレベル最低の「尊敬される権威者の意見や臨床経験」に相当します。

 

高品質なエビデンスは存在しませんが、足三里(ST36)の棒灸または米粒大や半米粒大の透熱灸、または大椎(GV14)の温灸などは、個人的にはカゼの予防に最も臨床的だとは思います。

2016年「熱敏灸の人体免疫失調への影響の実験研究」
热敏灸对人体免疫失衡影响的实验研究
苏利强 吴丽珺 张玮
《信阳师范学院学报(自然科学版)》 2016年02期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-XYSK201602013.htm
※在热敏灸足三里治疗过程中・・・提高IFN-γ/IL-4比值,调节IL-12及其抑制剂IL-10与IL-12p40的分泌,促进Th1细胞的分化过程,从而纠正过度疲劳所致的Th1/Th2失衡状态.

いちおう、足三里(ST36)に熱敏灸するとインターフェロンγやインターロイキン4を増やし、あるいはヘルパーT細胞(Th1細胞)の分化を促進したりするという研究はあります。

 

米粒大の透熱灸による灸痕の痂皮をつくる化膿灸の研究は「体が弱くてカゼをひきやすい(体虚易感)」患者で大量にあります。

2005年「『体が弱くてカゼをひきやすい(体虚易感)』患者の化膿灸は免疫力をあげるかの臨床研究」
化脓灸提高“体虚易感”患者免疫力的临床研究
邓柏颖 杨力强 罗敏然
《四川中医》 2005年01期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-SCZY200501060.htm
※结论 :化脓灸能提高体虚易感患者的机体免疫力 ,减少感冒发作次数

感冒発作の回数の減少を報告しています。

 

 

2008年「カゼをひきやすい患者のT細胞への化膿灸の影響の研究」
化脓灸对感冒易感患者T细胞亚群影响的研究
杨力强 李晓红 邓柏颖 罗敏然 黄小琪 罗本华 刘运珠
《新中医》 2008年09期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-REND200809044.htm
※化脓灸治疗后CD3~+、CD4~+、CD4~+/CD8~+比值均明显提高

CD4/ CD8比を変化させています。

 

 

2009年「カゼをひきやすい患者のインターロイキン1βレベルへの化膿灸の影響」
化脓灸对感冒易感患者白细胞介素-1β水平的影响
杨力强 邓柏颖 李晓红 罗敏然 黄小琪 罗本华 刘运珠
《江苏中医药》 2009年01期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-JSZY200901035.htm
※结论:感冒易感患者易患感冒可能与IL-1β相关;化脓灸可以调节感冒易感患者IL-1β水平,从而调节免疫反应。

化膿灸はかぜをひきやすい患者のインターロイキン1βのレベルを調節しました。

 

 

2009年「カゼをひきやすい患者のインターロイキン2への化膿灸の影響研究」
化脓灸对感冒易感患者白细胞介素-2影响研究
杨力强 邓柏颖 李晓红 罗敏然 黄小琪 罗本华 刘运珠
《四川中医》 2009年01期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-SCZY200901073.htm
※结论:感冒易感患者可能与IL-2相关;化脓灸、针灸均可调节感冒易感患者IL-2的水平,从而调节免疫反应,但疗效化脓灸组优于针灸组。

痂皮をつくる透熱灸はカゼを引きやすい患者の免疫を改善するという傍証はあるとはいえそうです。

 

 

メカニズム論的には、灸によるヒートショック蛋白70(HSP70)産生によるシャペロン効果が灸の抗ウイルス作用と関連しているのではないかという仮説をもっていました。

1962年に熱ショック蛋白質が発見されました。これはまさに熱ショックを与えると熱ショック蛋白質が生成し、さらにそれを分解するユビキチンなどが免疫に対して補助作用(シャペロン効果)を行うというものでした。シャペロンとは社交界にデビューする貴婦人をサポートする年配の婦人のことです。熱ショック蛋白質はシャペロンのように免疫をサポートする仕事をします。

 

日本の小林和子先生が世界で最初に灸で熱ショック蛋白質が発現していることを和文では1989年(※1)、英文では1995年(※2)に報告しました。アメリカ国立医学図書館のPUBMEDで「熱ショック蛋白質」「灸」のキーワードで検索すると29本の論文がヒットしますが、その最初の論文は日本です。

※1:「鍼灸刺激とストレスタンパク質との関連」
小林 和子『全日本鍼灸学会雑誌』 Vol. 39 (1989) No. 3 P 338-341
https://www.jstage.jst.go.jp/arti…/jjsam1981/…/39_3_338/_pdf

 

※2:「灸によるヒート・ショック・プロテイン誘導」
Induction of heat-shock protein (hsp) by moxibustion.
Kobayashi K
Journal Am J Chin Med. 1995;23(3-4):327-30.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8571930

 

 

熱ショック蛋白質については2004年に「インフルエンザウイルスの感染増殖における温度感受性とHSP70」という論文も発表されています。宿主細胞の温度を41℃に上げるとインフルエンザウイルスの産生は完全に抑制されます。これは熱ショック蛋白質のHSP70によるものと実験結果から推論されています。

2004年「インフルエンザウイルスの感染増殖における温度感受性とHSP70」
平山 恵津子 『薬学雑誌』YAKUGAKU ZASSHI Vol. 124 (2004) No. 7 P 437-442
https://www.jstage.jst.go.jp/artic…/yakushi/…/124_7_437/_pdf

 

 

以下の2011年の研究では、ヒートショック・プロテイン70が明らかにインフルエンザ・ウイルスの増殖阻害作用をもっていることを示しています。

2011年「ヒート・ショック・プロテイン70は、インフルエンザAウイルスのリボ核タンパク質の活性を阻害し、ウイルスのin VitroおよびIn Vivoでの複製をブロックする」
Heat Shock Protein 70 Inhibits the Activity of Influenza A Virus Ribonucleoprotein and Blocks the Replication of Virus In Vitro and In Vivo
Gang Li,Junjie Zhang,Xiaomei Tong,Wenjun Liu,Xin Ye
PLOS ONE Published: February 24, 2011
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3044721/
(全文オープンアクセス)

 

私は、2010年代前半までは「灸の抗ウイルス作用はヒート・ショック・プロテインによるものではないか」と言っていました。ところが、ヒート・ショック・プロテインの理論は2010年代に急激に変化します。細胞外ヒート・ショック・プロテインの発見と悪性腫瘍細胞でのHSP70の高発現が発見され、がんの悪性化や抗がん剤耐性と関連していることが指摘されたからです。

 

2014年「HSP70 ファミリーの新たな機能」
塩田 正之, 田中 昌子
『日本薬理学雑誌』2014 年 143 巻 6 号 p. 310-312
https://www.jstage.jst.go.jp/…/…/143/6/143_310/_pdf/-char/ja
※「ほとんどのがん細胞種ではHSP70 – 1 の構成的な高発現が認められ,HSP70-1 ががんの発症・悪性化や抗がん薬耐性に関与していることが報告されている」

 

 

2016年「ヒトHSP70ファミリーのシャペロン:我々は、どこに立っているのか?」
The human HSP70 family of chaperones: where do we stand?
Jürgen Radonscorresponding
Cell Stress Chaperones. 2016 May; 21(3): 379–404.
Published online 2016 Feb 10.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4837186/

細胞外ヒート・ショック・プロテイン70が悪性腫瘍や慢性炎症で発見されました。

 

 

2018年「免疫調整剤としてのヒート・ショック・プロテイン」
Heat Shock Proteins as Immunomodulants
Tawanda Zininga
Molecules. 2018 Nov; 23(11): 2846.
Published online 2018 Nov 1.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6278532/

現在のヒート・ショック・プロテイン研究が矛盾し、混乱していることを論じています。

 

 

中国では施灸により、ラットのヒート・ショック・プロテインが増えて胃がんが縮小したという最新研究が発表されていますが、現代の最先端の理論との矛盾があります。

2019年12月26日「灸による胃がんラットへのヒートショックプロテイン70mRNA発現効果」
Effect of moxibustion on expressions of HSP70 mRNA and protein in gastric cancer-bearing rats
艾灸对胃荷瘤大鼠瘤体内HSP70 mRNA及其蛋白表达的影响
Jing Tan , Ya-ping Lin , Shou-xiang Yi , Huan Zhao , Zhuo-jun Peng , Li-zhi Ouyang & Yan Peng
Journal of Acupuncture and Tuina Science volume 17, pages395–401(2019)
https://link.springer.com/artic…/10.1007%2Fs11726-019-1141-8

 

 

2011年「鍼灸によるヒート・ショック・プロテイン70の抗細胞損傷とその応用の現状研究」
针灸诱导HSP70抗细胞损伤及其应用现状的研究
杨舟 常小荣 刘密 彭亮 文琼
《中国中医急症》 2011年08期
http://www.cnki.com.cn/Article/CJFDTOTAL-ZYJZ201108044.htm

ヒート・ショック・プロテイン理論はオートファジー理論とも関連し、灸の抗ウイルス作用や免疫調節作用の大本命だと思っているのですが、いまは過渡期であり、メカニズムの説明が難しいのが現状です。

 

 

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