【BOOK】『サバイバルボディー:人類の失われた身体能力を取り戻す』

 
 
スコット・カーニー 著
白水社 (2018/9/8)
 
サバイバルボディー
 
 
著者のスコット・カーニーさんはウィスコンシン大学で人類学の修士を取得したジャーナリストであり、インチキを暴くことを仕事にしています。
 
アメリカ生まれのチベット人グルのカルト超能力セミナーでアメリカ人学生が砂漠で脱水症状で死亡した件を調査した直後、「怪しいオランダ人カリスマ」ヴィム・ホフの呼吸法のインチキを暴く記事を雑誌『プレイボーイ』に載せるためにヴィム・ホフに会いに行きました。その取材からスタートして、最終的にヴィム・ホフと上半身裸と短パンで雪のキリマンジャロに登山して登頂に成功するまでが、この本の中身です。以上のネタバレはヴィム・ホフがこの本に寄せた序文でネタバレしていますし、本のオビにも書かれているので大丈夫だと思います。
 
 
人類学や社会学、宗教学に参与観察という社会調査の方法があります。
 
人類学者、マリノフスキーはニューギニアのトロブリアンド諸島の原始社会に住み込んで観察し、名著『西太平洋の遠洋航海者』で贈与についての観察をし、参与観察という社会調査法を確立しました。
 
西太平洋の遠洋航海者
 
 
宗教社会学者、マルセル・モースはマリノフスキーの社会調査をもとに名著『贈与論』を書き、人類社会における贈与と交換の本質を明らかにしました。『贈与論』は社会学における金字塔となりました。
 
贈与論
 
 
 
参与観察は社会学において重要な調査法ですが、特に宗教社会学において問題が指摘されています。
 
宗教社会学を学ぶ大学院生などがカルト宗教に調査のために偽装潜入し、洗脳されて本物のカルト宗教信者になって脱会できなくなる「ミイラ取りがミイラになる現象」が何度も起こっています。
 
 
宗教社会学の参与観察に必要なのは「絶対に宗教を信じないこと。洗脳されないこと」「宗教やその原始社会の論理をいったん受け入れて内から理解しつつ、その考えに距離をおくこと」です。お酒を飲んで、酒に酔いつつ、シラフで醒め続けるという能力が必要であり、優秀なスパイやジャーナリストと同じ能力が求められます。
 
 
人類学・社会学のトレーニングを受け、ジャーナリストとして潜入してウソを暴く仕事を10年続けたスコット・カーニーさんが「うさんくさい」という第1印象から、次第にヴィム・ホフの呼吸法を実践する中で自分を変えていくのが、この本の面白いところです。
 
6年ぶりにこの本を読み直し、気づくことがたくさんありました。
 
 
以下、引用。
 
(ナチス・ドイツの人体実験によれば)0度の水に浸かると人間はほんの一、二分で身体が重くなるのを感じる。15分が経過する頃には、ほとんどの人が意識を失う。基本的な生理機能にもよるが15分から45分で死亡する。深部体温が28℃を切ると死はほぼ避けられない。
 
2007年、ニューヨークのファインスタイン研究所で、エヴェレストを研究してきた世界的に有名な登山随行医師ケネス・カムラーが見守る中、ヴィム・ホフを心臓モニターと血圧モニターにつないで氷に着ける実験が行われた。
 
開始直後、実験は大きな暗礁にのりあげた。病院で使われる標準的な呼吸モニターは、ヴィム・ホフが氷水につかってわずか2分で死亡したと宣告した。ヴィム・ホフが息をせずに、休憩時心拍数が1分間35しかなかったため、装置が混乱したのだ。だが、ヴィム・ホフは死んだわけではなく、ケネス・カムラーは装置を外して実験を続けた。ヴィム・ホフは72分間、氷水に漬かっていた。結果は驚異的なものだった。ヴィム・ホフの深部体温は最初に数度下がった後、ふたたび上昇した。ヴィム・ホフ・メソッドが有効だと初めて科学的に証明されたのだ。
 
 
さらに、人類学者ならではの視点があります。
 
オーストラリアの先住民、アボリジニは、1950年代の人類学者の報告によれば服を着ずに、夜は氷点下になる砂漠で屋外で寝ていました。
 
カラハリ砂漠の先住民やイヌイットも、西洋人と比較すると異常な耐寒能力をもっていました。
 
古代ギリシャのスパルタの男性たちは全裸で生きていました。
 
現代日本の和歌山県の太陽保育園では、子どもたちが上半身はだか、はだしで毎日、冷水シャワーを浴び、ヨガを行い、玄米菜食の生活をして、毎年1月には冬の高野山で上半身はだかで雪合戦をします。
 
私はこれらの事実を知り、さらに中華民国時代の中国伝統医学者が「日本では毎朝、冷水で顔を洗い、寒い中で身体を鍛える。中国はお湯で顔を洗い、暖衣している。日本を見習うべき」と書いていることから、現代中医学の「陽気を守るため、からだを冷やさない」というのは西洋化・近代化の結果としてのローカルな誤った見解ではないかと思うようになりました。
 
もし薄着や寒冷に身をさらすことが不健康なら、氷河期のネアンデルタール人やクロマニョン人の時代に人類は滅びているはずですし、世界中の裸族は滅亡していたはずです。
 
『サバイバルボディー:人類の失われた身体能力を取り戻す』の良いところは、現代生活をまったく異なる人類史からの視点で見ていることです。