明代、喩昌の秋燥の理論

明代、喩昌著『医門法律』秋燥論

秋の季節の秋燥の理論は明末の1643年、喩嘉言著、『医門法律』で提唱されました。

秋燥の概念は『黄帝内経素問・陰陽応象大論篇』の「燥勝てばすなわち乾く」に由来します。
金代、劉完素は『素問玄機原病式』で「諸渋枯涸、乾勁皺揚は皆、燥に属する」と述べています。内燥は津液と血が涸れたシワシワの状態で、外燥は秋の外感病です。

そして、喩嘉言は『医門法律・秋燥論』で秋燥の概念を提唱し、清燥救肺湯を開発しました。

清代、呉鞠通は『温病条弁・補秋燥勝気論』で「喩嘉言は秋燥の概念を提唱したが、温燥のみであり、涼燥を加える必要がある」と提唱しました。

秋分以前は温燥、秋分以後は涼燥として分析されます。

温燥では頭痛や咳、痰、のどの乾き、鼻腔の乾燥、口渇、舌尖紅、脈浮数となります。清燥潤肺の清燥救肺湯などです。涼燥では頭痛、無汗、鼻水、乾咳、咽痛、のどの渇き、唇の乾燥、脈浮緊数となります。通陽発汗の葱豉汤などです。

『医門法律』秋燥論では以下のように述べています。

およそ燥邪の病を治すにはすべからく肝臓と肺臓の証を見る。肝臓に燥邪の証を見れば肺臓の燥邪を治療する。

これは五行の金が木を相克するという理屈のようです。金克木という現象を指摘しています。
確かに秋に乾燥するとイライラ、片頭痛、ノドの乾き、脇の痛み、鼡径部の痛みなど肝胆経の燥熱証が増えている実感があります。

さらにこう論じています。

燥邪の病を治療するには腎水の陰寒の虚を補い、心火の陽熱の実を瀉す。

さらに腎陰を補い、心熱を瀉します。乾燥しているので腎水を補い、五行で金を相克する火を瀉すことで金を助けます。他の部分では、脾土を補えば土相生金で肺金が潤うと論じています。これが350年前の中医学者、喩嘉言の秋燥の治療の方法論です。

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