追悼 ヒュー・マクファースン先生

 
2020年8月25日『ヨークプレス』
「ヒュー・マクファーソン:夫、父親、養蜂家、サイクリスト、鍼を科学化した人物」
 
 
イギリスで最初にヨーク大学鍼灸学の教授となったヒュー・マクファーソン先生が72歳で膵臓がんで亡くなられました。
 
ヒュー・マクファーソン先生の研究で忘れられないのは、2013年の「鍼は西洋医学の標準ケアよりもうつ病に効果がある」というランダム化比較試験です。読んだ時の感動は忘れられません。
 
 
2017年、マクファーソン先生はランダム化比較試験の結果からイギリス政府に慢性痛とうつ病に対しては鍼は西洋医学の通常ケアよりも効果があるという堅固な証拠を公式文書として政府に提出し、政策提言を行いました。
 
 
2020年8月3日にイギリス政府機関『英国国立医療技術評価機構(NICE)』は慢性疼痛ガイドラインで薬物療法よりも鍼を推奨しました。マクファーソン先生の業績と提言は亡くなられる前に認められたわけです。心の底から尊敬できます。鍼灸の世界の真の大功労者です。
 
 
 
2020年8月3日『英国国立医療技術評価機構(NICE:National Institute for Health and Care Excellence)』
「慢性疼痛に一般的に使われている治療法は、有害であり、使われるべきではないとイギリス国立医療技術評価機構(NICE)はガイドライン文書で述べている」
Commonly used treatments for chronic pain can do more harm than good and should not be used, says NICE in draft guidance
 
 
1973年のニクソン訪中直後の針麻酔ブームの際に、イギリス鍼協会初代会長のフェリックス・マンが「経絡は無い!ツボは無い!」と提唱し、従来の中国伝統医学からの脱却を主張しました。これが現在のウエスタン・メディカル・アキュパンクチャーの始まりで、中国伝統医学からの独立宣言といわれています。
 
イギリス鍼協会2代目会長のアレクサンダー・マクドナルドは、腰痛に対してはじめて対照群をつくった臨床試験を行い、慢性腰痛に対して4ミリの深さの皮下組織への浅い鍼とプラセボを比較試験しています。4ミリの皮下組織への浅い鍼でも、プラセボと比較して統計的に有意に腰痛を軽減するという結果を報告しています。
 
 
1983年イギリスのアレクサンダー・マクドナルド「慢性腰痛への浅い鍼」
Superficial acupuncture in the relief of chronic low back pain.
A. J. Macdonald et al.Ann R Coll Surg Engl. 1983 Jan; 65(1): 44–46.
 
 
 
歴史的にはこのランダム化比較試験が画期的でした。1986年にイギリス北アイルランドの麻酔科医ジョン・ダンディーが1986年の『英国医師会雑誌』に「伝統中国鍼灸:使える制吐剤?」という比較試験の論文を発表します。わずか2ページですが、婦人科手術への内関への5分間の置鍼で75例を対象として、プラセボ群よりも鍼群のほうが改善していたというものです。ここから英語圏のEBМによる鍼灸研究が深まっていきます。
 
 
 
1986年「伝統中国鍼灸:使える制吐剤?」
Traditional Chinese acupuncture: a potentially useful antiemetic?
Dundee JW, Chestnutt WN, Ghaly RG, Lynas AG.
Br Med J (Clin Res Ed). 1986 Sep 6;293(6547):583-4.
 
 
 
この1986年にマクファースン先生は南京に留学して、鍼を学び始めます。そして2000年代にEBМのランダム化比較試験にもとづく鍼灸研究を次々と発表し、ついにはイギリス政府を動かしました。1973年から2020年までの47年におよぶイギリスEBМ鍼灸の歴史の到達点です。
2017年に書いた文章を再掲します。
 
 
 
2017年1月30日『サイエンスデイリー』
「鍼は慢性痛やうつへの標準的医療ケアの効果を促進させる」
Acupuncture boosts effectiveness of standard medical care for chronic pain, depression
 
 
慢性痛や鬱に対する鍼の効果が科学的に証明され、イギリスの医療政策に取り入れることが提言されました。アメリカでのオピオイド鎮痛剤への代替としての「慢性痛への鍼の使用」国家戦略と並んで、2016年から2017年に英語圏で起きた変化は歴史的だと思います。現代西洋医学の慢性痛や鬱の治療戦略が大きな問題を抱えていることは客観的に明らかであり、鍼灸は慢性痛や抑うつ気分、薬の副作用の低減などをターゲットにする戦略をとれば大きなリターンが期待できると思います。 
 
 
以下、引用。
 
イギリス・ヨーク大学のヘルス・スペシャリストは、鍼治療を加えると慢性痛やうつ病に対して標準メディカルケアの効果を促進させることを発見した。
 
このレポートはイギリス国立ヘルス・リサーチ研究所によって出版され、研究者たちは鍼はプラセボ効果よりも明らかなエビデンスがあったことを示している。
 
鍼研究の教授でイギリスとアメリカの研究チームと働いているヒュー・マクファーソンは29の高品質臨床試験の鍼と標準ケアで治療されている患者に焦点をあてた。この報告では、標準医療ケア単独と比較すると鍼を加えた場合、明らかに頭痛や片頭痛の発作を減らし、頸部痛や腰痛を減らした。鍼は疼痛管理のために抗炎症剤で治療されても痛みがとれなかった変形性関節症の疼痛と機能障害も減らす事を示した。
 
研究チームはまた、鍼またはカウンセリングと抗うつ薬などの薬物療法と比較した新しい臨床試験をおこなった。北イングランドの755人のうつ病の患者の研究において、研究者たちは鍼とカウンセリングが深刻な鬱病の症状を減少させ、治療から12カ月後もその効果が維持していることを発見した。
 
「鬱病のプライマリケアの前線では、普通は抗うつ薬を用いる。しかし、それは患者の半分以上に効かない」とマクファーソン教授は言う。
 
この大規模研究で、われわれは鍼とカウンセリングが患者を鬱病から救うだけではなく、その効果が平均1年も保たれるという堅固な証拠を示した。
 
鍼の臨床効果の一部はプラセボ効果かもしれないとマクファーソン教授は言う。しかし、新研究は鍼が慢性痛を減らし、プラセボ鍼よりも効果があるという明確な証拠を提供する。
 
マクファーソン教授は続ける。「われわれの新しいデータは慢性痛と鬱病の治療を新しいステップに進めるものだ。なぜなら、患者とヘルス・プロフェッショナルは鍼をもっと自信をもって選択することができる。鍼は経済効率がよいだけではなく、望ましくない副作用を起こす薬を減らして疼痛や抑鬱気分を減らすことができる」
 
 
 
 
■付録:ヒュー・マクファーソン教授の鍼研究
 
マクファーソン教授は2013年に鍼とカウンセリングは標準的ケアよりも効果があるという論文を発表しています。
 
 
2013年9月24日
「うつ病のプライマリケアにおける鍼とカウンセリング:ランダム化比較試験」
Acupuncture and Counselling for Depression in Primary Care: A Randomised Controlled Trial
Hugh MacPherson
PLoS Med. 2013;10(9):e1001518. doi: 10.1371/journal.pmed.1001518. Epub 2013 Sep 24.
 
 
 
2015年、マクファーソン教授は頚部痛患者に鍼とアレクサンダーテクニークのレッスンを臨床試験して有効性を確認しました。
 
 
2015年『アナルス・オブ・インターナル・メディスン』
「慢性頚部痛患者へのアレクサンダー・テクニークのレッスンまたは鍼の治療:ランダム化比較試験」
Alexander Technique Lessons or Acupuncture Sessions for Persons With Chronic Neck Pain: A Randomized Trial.
Hugh MacPherson
Annals of Internal Medicine.3 November 2015, Vol 163, No. 9
 
 
 
2016年12月15日のシステマティックレビュー
「アルコール依存を減少させる介入としての鍼:システマティックレビューとメタ・アナリシス」
Acupuncture as an intervention to reduce alcohol dependency: a systematic review and meta-analysis
Charlotte Southern,Hugh MacPherson et al.
Chinese Medicine201611:49
Published: 15 December 2016
 
 
以下、引用。
 
われわれの発見は「鍼がアルコール依存症への効果的な介入であるかもしれない」という最初の明白な証拠を提供するものである。これは2つのプライマリー・アナリシスで観察され、一つはアルコールへの渇望の減少であり、もう一つは離脱症状の減少が見られ、顕著な効果のエビデンス証拠が観察された。
 
【結論】
この研究はアルコールへの切望やアルコール離脱症候群を減らすことに鍼が有効であることを始めて示したものであり、イギリスの国家的ヘルスケアシステムにおいて紹介される付加的オプションとして考慮されるべきである。
 
 
 
2017年ヒュー・マクファーソンの論文
「慢性痛とウツ病のプライマリケアにおける鍼:研究プログラム」
Acupuncture for chronic pain and depression in primary care: a programme of research.
MacPherson et al.
Southampton (UK): NIHR Journals Library; 2017 Jan.
 
 
2018年3月30日イギリス、ヨーク大学ヒュー・マクファーソンらが『ヨーロッパ統合医学雑誌』に発表。
「歯科の不安患者への鍼:システマティックレビューとメタアナリシス」
Acupuncture for anxiety in dental patients: Systematic review and meta-analysis
HughMacPherson et al.
European Journal of Integrative Medicine
Volume 20, June 2018, Pages 22-35
 
 
 

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