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【BOOK】『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』

 
センディル・ムッライナタン著
早川書房 (2015/2/20)
 
ハヤカワ文庫NF ハヤカワ・ノンフィクション文庫<br> いつも「時間がない」あなたに―欠乏の行動経済学
 
 
最近、読んだ行動経済学分野の本では、最も秀逸な1冊です。
 
原題は「欠乏:少なすぎることが何故、大きな意味を持つのか」です。著者はインド・タミル州生まれで、アメリカ・コーネル大学でコンピューターサイエンスの学位をとり、マサチューセッツ工科大学で6年を過ごし、ハーバード大学の終身在職教授となったセンディル・ムッライナタン先生です。
 
この本は「時間をいかにうまく使うか」というライフハックの本ではありません。この本を読んで良かったのは「認知トンネリング」の概念を知る事ができたことです。
 
ムッライナタン先生によれば、もっとも集中力を高める方法は「締め切りのギリギリまで仕事を放っておくこと」だそうです。
 
人間の脳は、もともとマルチ・タスクで働きます。しかし、同時にいくつものウィンドウを開いているパソコン画面と同じで、何十ものウィンドウやソフトを開いて同時作業しているとワーキング・メモリー・リソースが足りなくなり、フリーズし、疲れ切ります。
 
締め切りギリギリになれば、一つのウィンドウを使っているのと同じ状態となり、一つの仕事に焦点を合わせることになるので、最高の効率で仕事ができます。
 
これは「トンネルに入った」状態であり、トンネルの中しか見えなくなります。しかし、同時に副作用があり、一つの作業については最高のパフォーマンスを出せますが、それ以外のことは丸ヌケしてしまうのです。
 
「欠乏」の状態は、常に認知トンネリングの視野狭窄を起こした状態となります。わたしの脳も過集中ゆえの不注意の失敗が多く、これはまさに認知トンネリングの視野狭窄だと得心しました。
 
ムッライナタン先生は「スラック=ロープのたるみ」の必要性を訴えます。
 
人手不足のため外科医が過労状態の病院の問題解決に、コンサルタントは「常に空いた手術室とスタッフ」を用意することをアドバイスしました。スタッフは猛反対しましたが、導入後、外科医とスタッフは過労から解放され、離職率が激減しました。コンサルタントの分析では、急に飛び込みで入る緊急手術と、それによる手術室とスタッフのシフトの組みなおしが問題であって、「飛び込み緊急手術は発生する」という前提でシフトを組めば、リソースの再配分という手間がなくなるわけです。これがスラックです。
 
 
『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』と同時期に、アメリカのマーシャル・アーツ作家であるデーブ・ローリーの『アメリカ侍古武術修行』を読みました。
 
アメリカ侍古武術修行[デイヴ・ローリー]
 
 
 
デーブ・ローリーは1968年に柳生新陰流を学ぶのですが、そこで学んだサムライの「心の状態(残心)」は認知トンネリングと正反対の心の持ち方でした。
 
認知トンネリングはポジティブにはトンネルの中だけに集中した状態です。心を1点にフォーカスします。しかし、柳生新陰流が目指す状態は「心をどこにも置かない」状態です。いわば、自分を中心とした360度すべてを自分の心とする状態です。
 
将棋の羽生善治さんが色紙によく揮毫する「八面玲瓏(はちめんれいろう)」という言葉を思い出しました。八面、すべての方向に、すきとおった心の状態です。これは認知トンネリングの「集中」と正反対の状態です。子どもの頃から疑問を持っていた羽生善治さんの揮毫の意味がはじめてわかったと感じました。「1点集中」と「八面玲瓏の集中」はまったく違う意味があり、これを知ることができたのが2023年最大の収穫でした。
 
 
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