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【BOOK】『安楽死が合法の国で起こっていること』

 
 
児玉 真美 著
筑摩書房 
 
ちくま新書<br> 安楽死が合法の国で起こっていること
 
 
この本は、読んで本当に良かったです。
著者の児玉真美さんの娘さんは重度障がい者です。重度障がいを持つ子どもたちの親は、どのような気持ちで、いまの世界をみているのかを知ることができます。
 
 
2000年代に起こった人類の死生観における最大の歴史的変化は、安楽死が世界中で合法化されたことです。
 
2002年にオランダとベルギーが安楽死を合法化しました。
そこから10か国が安楽死を合法化し、2016年カナダ、2019年イタリア、2021年スペイン、
2022年オーストラリア、コロンビア、オーストリアと物凄い勢いで広がっています。
 
フランスも映画監督のジャン=リュック・ゴダールが2022年にスイスで安楽死したことで議論がはじまり、安楽死が合法化される可能性が高いです。
 
アメリカはカリフォルニア州、コロラド州、ワシントンDC、ハワイ州、モンタナ州、メイン州、ニュージャージー州、ニューメキシコ州、オレゴン州、バーモント州、ワシントン州です。
 
特にカナダは、医師による自殺ほう助が年間1万人、総死亡数の3%を占めるようになっています。
 
 
すでに「障がい者であること」「難病であること」「認知症であること」で医師による自殺ほう助が行われています。だからこそ、医療に関わる人は、この時代にこの本を読む義務があります。
 
わたしは何度も苦痛で読むのを止めました。しかし、健康に関わる仕事をしている以上、この問題に目をそむけてはいけないと自分を説得し、最後まで読みました。本当に読んで良かったです。この本を最後まで読んだ医療関係者には、今のわたしの気持ちがわかっていただけると思います。
 
 
いま世界で起こっている「医学的に無益な治療」論争やベッド・ブロッカーの議論だけでも知ってほしいです。そして、ナチス・ドイツが行ったT4作戦について知ってほしいです。
 
ナチス・ドイツでは、医師や看護師が率先して知的障がい者・精神障がい者・身体障がい者を「生きる価値の無い命」と呼んで殺害しました。いま、世界中の医療関係者がおこなっている「2020年代の安楽死」を「T4作戦」と比較して欲しいです。すでにカナダでは安楽死した障がい者216人の臓器移植まで行っています。
 
オランダは2024年には障がいをもつ子どもの安楽死まで合法化しようとしています。これを聞いて、わたしは耐えられなくなりました。
 
障がいをもつ子どもの親たちは、この世界を怒りと恐怖と絶望の気持ちで見つめています。もっとも印象に残ったのは61ページの文章です。
 
以下、引用。
 
人生の終わりにいる人は、とても高い崖の端に立っている人のようなものです。下を見ると、海の波が岩に打ち寄せているのが見える。彼らは自分がまもなく固い地面から海に入らなければならないことを知っています。緩和ケアでは、患者を崖から突き落とすのではなく、手を引いて、海岸沿いの道を岸まで下りていくのです。時間をかけて、その人に合った道を探し、その道をずっと一緒に歩いていくこと、その道を一緒に歩くために必要な時間を、彼らの身近にいる最愛の人たちに与えることです。もちろん、急な坂道もありますが、用心深く慎重に歩みを進めることで、患者も家族も安心して旅立てる海岸にたどりつけます。
 
 
これを読んで、エリザベス・キュブラー・ロスの「死の五段階説」を思い出しました。ロス先生は「死は人間の最後の成長段階」と呼んでいました。そして、「否認→怒り→取引→抑うつ」などの苦しいプロセスをたどりますが、最終的に「死を受け入れる(死の受容)」にたどり着ける人間の精神の強さを強調していました。ロス先生は、人間の本当の強さや潜在能力をかたく信じていました。それは物凄い数の死にゆく患者から学んだものです。
 
 
なぜ、大学で医療倫理・生命倫理を学んだ現代の「医療人」たちは、患者をガケからいきなり突き落とそうとするのかを考えたとき、率直に言って、人間的・人格的に未熟で、死の恐怖を直視できないからであると思います。人間の本当の心の強さや潜在能力を信じていないからです。自分が患者の苦しみを直視できなくて恐怖に耐えられないからです。自分がいくら治療しても何の効果もなければ、自分の無能が証明されると思い、それに耐えられないからです。
 
 
現代日本の公務員は、「安定」を求めて公務員になります。そんな彼らが一番嫌うのは、ホームレスへの対応です。ホームレスは、彼らがもっとも嫌う「不安定」や「失業」の象徴です。だから、「ホームレスを排除するベンチ」などの排除アートを産業デザイナーに依頼してまで作り出します。人間の潜在意識は、本人の意識と別に、とんでもないことを行います。
 
現代の世界中の健康で高い教育を受けた医療関係者が潜在意識でもっとも恐れているのは何でしょうか。西洋医学で対応できない難病や障がいの苦しみ、貧困などの社会問題などが予測できます。
 
存在脅威管理理論によると、人は潜在意識で死に対する大きな恐怖をもっています。そして「自分は死を恐れていない」ことを証明するために非合理な行動を行います。『ジュラシック・パーク』や『ER』の原作者、マイケル・クライトンは、ハーバード大学医学部で解剖実習をした際に、若い医大生たちが「ボクたちは死を恐れていない」ことを証明するために、御遺体の臓器でキャッチボールをしていたことを描写しています。
 
 
死生観を見失った未来の世界は、おそらく「崖から突き落とす」などの極端で安易な方向に行くことが予測されます。
 
「崖の上で道を見失って困っている人と家族」をみたなら、なんとか彼らが降りることができるルートを一緒に探し出します。自分も彼らも足を踏み外したり、転んで傷だらけになる可能性がありますが、それでも、なんとか海岸にたどりつける道を探し続けます。「崖から突き落とす」安易な方法ではなく、「一緒に崖から海岸に降りる道を探す」という困難な方法を、個人として選択したからです。
 
序章 「安楽死」について
第1部 安楽死が合法化された国で起こっていること(安楽死「先進国」の実状 気がかりな「すべり坂」―線引きは動く)
第2部 「無益な治療」論により起こっていること(「無益な治療」論 コロナ禍で拡散した「無益な患者」論)
第3部 苦しみ揺らぐ人と家族に医療が寄り添うということ(重い障害のある人の親の体験から医療職との「溝」を考える 安楽死の議論における家族を考える)
終章 「大きな絵」を見据えつつ「小さな物語」を分かち合う
 
 
 
安楽死・尊厳死を語る前に知っておきたいこと
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