日本におけるインド文化と伝統医学

 
2023年3月6日
「インドの研究所はヨガについて二国間覚書を締結した」
 
 
以下、引用。
 
ヨガを促進するためのインド政府のイニシアティブとして、インド伝統医学省のモラルジ・デーサーイ国立ヨガ研究所は、イタリア・リグーリア州リーリチにあるサルバ・ヨガ・インターナショナルとヨガの学術領域のコラボレーションを設立し、二国間覚書を締結した。
 
 
モラルジ・デーサーイ国立ヨガ研究所のモラルジ・デーサーイは、マハトマ・ガンジーといっしょに不服従運動に参加した政治家であり、インド国民会議以外でジャナタ党として初めて政権をとり、1977-1979の2年間、インド首相を務めました。
 
 
ジャナタ党右派のバジパイ首相が作ったのがバーラット・ジャナタ・パーティー、すなわちインド人民党であり、現在のナレンドラ・モディ首相の与党です。
 
 
インド政治はインド国民会議が牛耳ってきましたが、1977年にモラルジ・デーサーイがインディラ・ガンディーから政権を奪います。
 
1979年にモラルジ・デサーイとジャナタ党政権は崩壊しますが、ジャナタ党政権で外務大臣を務めたヴァージペーイーが1980年にヒンドゥー・ナショナリズム、ヒンドゥトヴァの理念に基づき、インド人民党を創設しました。
 
1984年にインディラ・ガンディー首相はシク教徒に暗殺され、ラジブ・ガンディーが首相に就任します。1991年にラジブはタミル・イーラム解放のトラによって暗殺されます。
 
1996年と1998年に日本ではバジパイ首相と呼ばれるインド人民党のヴァージペーイーが首相となります。
 
2004年から2014年は、インド国民会議のシン首相の時代が続きます。
 
2014年にナレンドラ・モディがインド人民党の総裁となり、首相となりました。モディ首相がもっとも力を入れているのは、インド伝統医学省とヨガです。わたしは20代から沖ヨガを学んだので、インドにおけるヨガや伝統医学の動向には興味があります。
 
 
日本の伝統医学や伝統鍼灸の歴史を学んでいくと、日本では陰陽五行説に基づく中国伝統医学に対しては、常に反発があります。
 
平安時代の『医心方』は仏教医学由来の四大説であり、五行説ではありません。鎌倉時代の栄西著『喫茶養生記』も仏教医学が濃厚です。日本の伝統医学は、最近の田代三喜研究もそうですが、仏教医学、つまりインド医学です。
 
江戸時代になったとたんに、仏教僧の僧医たちは儒教の儒医となります。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、李氏朝鮮の儒学者である姜沆が藤堂高虎の捕虜となり、1598年6月に名医・吉田宗恂(吉田意安)の紹介で藤原惺窩と出会い、朝鮮の儒学・朱子学を教えました。ここで、伝えられた李氏朝鮮の儒学者、李滉の朱子学と理気二元論が江戸時代初期の日本の朱子学・儒学の基礎となりました。
 
 
ですから、日本における朱子学(儒学)は、江戸時代300年くらいの歴史しかありません。江戸時代初期の哲学・医学は、宋代の朱子学と金元時代の李朱医学です。
 
江戸時代中期には、朱子学への反発から伊藤仁斎の古学や荻生徂徠の古文辞学が生まれ、医学では金元医学の陰陽五行説への反発から古方医学が生まれます。つまり、本格的な陰陽五行説にもとづく中国伝統医学は、わずかな期間しか日本文化に影響を与えていません。
 
よくロシア人に関するジョークで「ロシア人の表層のヨーロッパ文化を削ると、タタール人(アジア人としてのモンゴル人)が出てくる」という言葉があります。
 
同じように言うなら、「日本の伝統医学から中国伝統医学を削るとインド由来の仏教医学が出てくる」と感じます。日本人は、中国由来の陰陽五行説を歴史の中では常に空理空論と感じて、禅仏教や密教の「理論一切無用」「不立文字」「教外別伝」を基本としてきました。
 
あるインド系日本人の方は「京都の寺社仏閣に行くとインドの神様でいっぱいで、懐かしい」と言っていました。七福神の大黒天はヒンドゥー教のマハーカーラで、弁財天はヒンドゥ―教のサラスヴァティーです。どちらもインドの神様です。杉山和一は弁財天とゆかりがあります。
 
 
日本の思想の特徴は混淆主義(シンクレティズム)です。何でも受け入れます。日本人から中国文化を削ると、インド仏教文化と何でも受け入れる混淆主義が出てくるのです。
 
しかし、江戸時代後期になると、医師で張仲景に関する著作もある平田篤胤がキリスト教を取り入れて復古神道をつくります。この平田篤胤の神道が、のちの明治維新後の国家神道となり、廃仏毀釈がおこなわれます。現在の神道は、明治維新以降の近代神道であり、その排外主義は、日本人が明治以前に信じていた混淆主義の神道とは似ても似つかぬものです。
 
明治維新以降、日本は中国と韓国をおとしめ、脱亜入欧していきます。
 
以前、インドの方と話したときに「現在は欧米がパンデミック以降、明らかに衰退しており、インド、中国、ベトナム、インドネシア、マレーシアなどアジアが興隆している。日本だけがアジアで元気がない」という見解で一致しました。
 
日本は明治維新以降、近代化のトップランナーとして走ってきましたが、近代はすでに破綻し、ポスト近代がはじまっています。ポスト近代においては、多言語・多文化の「何でも受け入れる混淆主義」が有力になると感じます。個人的に、何でも受け入れる混淆主義の方が、日本文化の本質であるように思います。
 
 
 

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