2016年10月18日『読売新聞』
『精巣の痛み、半分は「原因不明」』
以下、引用。
泌尿器科医として診察をする中で、とても困ることがあります。「タマが痛いのに、原因がよくわからない」という男性の患者さんが結構いることです。
米国の統計では、泌尿器科を受診する患者の2.5%がタマの痛みを訴えて受診するとのことです。そのうち、なんと50%は原因が不明なのです。こうした患者の治療に対してガイドラインがないため、医師としては非常に悩ましい状況なのです。
原因不明のタマの痛みには様々な治療が必要となる場合があります。他にも 鍼治療などが勧められていました。米国の学会で東洋学的な診療である鍼治療が紹介されて、私はびっくりしました。ただ、米国のペインクリニックでは東洋医学的な治療法は導入されているので珍しいことではないようです。
「タマの痛み」は、西洋医学では、睾丸痛、急性陰嚢症、精巣痛などと表現されます。
中国は2011年に電気鍼が慢性睾丸痛に効果があるという論文を発表しています。
「電気鍼の慢性睾丸痛への治療効果」
Therapeutic effect of electroacupuncture on chronic orchialgia
Zhongguo Zhen Jiu. 2011 Jan;31(1):40-2.
「原因不明のタマの痛み」は、東洋医学では疝気(せんき)や寒疝(かんせん)と言います。
戸時代の古典落語にも「疝気の虫」があり、江戸時代に疝気はポピュラーな日本語だったようです。
ツボでは、昔から足厥陰肝経の「太敦」が疝気の特効穴です。
『黄帝内経素問・挙痛論篇』に「寒気が足厥陰肝経に客すると、厥陰肝経は陰器(生殖器)をまとって、肝につながり、寒気が肝経に客すると、脇から鼡径部が引っ張って痛む」とあります。
『金匱要略・腹満寒疝宿食病脈証治』も寒疝を論じており、学問的な基礎となりました。
隋の『諸病源候論』の「七疝」や金元四大家、張従正『儒門事親』の「寒疝は足厥陰肝経に基づく、宜しく通じるべきであり、塞ぐことなかれ」は寒疝の基礎理論となっています。
中医学初心者の頃は臓腑弁証で寒滞肝脈(かんたいかんみゃく)や小腸気痛(しょうちょうきつう)、寒疝(かんせん)は理解し難かったです。
日本漢方を代表する大塚敬節先生の疝気の論文を読んで、初めて疝気が理解できました。
「疝気症候群A型の提唱」
大塚 敬節
『日本東洋醫學會誌』
Vol. 25 (1974) No. 1 P 19-23
大塚敬節先生と金元四大家の張従正先生によれば、寒疝や疝気の概念は混乱しており、研究すればするほどわからなくなります。そこで大塚敬節先生は理論の交通整理を行っています。
経絡では、督脈・任脈・衝脈と足厥陰肝経が流注してします。
鍼治療で西洋医学的には鼠径部はL1ですが、会陰部はS4〜S5デルマトームです。
会陰部の不快感がある慢性前立腺炎様症候群(プロスタトディニア)や慢性前立腺炎は東洋医学の疝気に相当し、治療法が西洋医学的に参考になります。
「慢性前立腺炎に対する鍼通電療法 」
形井 秀一et al.
『 順天堂医学 』Vol. 38 (1992) No. 2 210-219
女性の場合もヴォルヴォディニア(女性の外陰部の痛み)は疝気の範疇に入ると思います。
ヴォルヴォディニァの鍼治療:ランダム化ウェイトリスト・コントロールド・パイロット・スタディ
Acupuncture for the Treatment of Vulvodynia: A Randomized Wait-List Controlled Pilot Study.
Schlaeger JM et al.
The Journal of Sexual Medicine. 2015 Jan 30.
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